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静岡県芝川町

清盛の孫がいた、信長に会えた 富士を仰ぎ、温泉に浸り、歴史再考の旅

真ん中が高い、美しい富士
日蓮さんもこの町を通る

 富士山頂の形が印象的だった。芝川町から眺めると、剣ケ峰の一番高いところがちょうど真ん中に来る。それは東名や新幹線などから望む、見なれたギザギザのある山頂とは違い、かえって新鮮に見えてくる。

 真冬だというのに、その頂きには思っていたほどの雪がない。糸を引いたように、登山道もくっきりと見える。今年は特別に少ないのか?と思って居合わせた人に尋ねると、この時期は風で吹き飛ばされてしまい、きれいに雪化粧した姿はむしろ湿った雪の降る4、5月ころになる、とのことだった。

 富士川と分かれ、支流の芝川に沿ってさかのぼる。この町に入って日蓮宗の寺が多いことに気付いた。町内には20数カ寺あるそうだが、そのうちの約8割を占めているとか。

 日蓮宗の総本山、身延山久遠寺はここからわずか10数キロの距離。町内を富士川に沿ってJRの身延線も通っている。駿河と甲斐とを結ぶ重要な街道だったが、ここはまた、信仰の道としてとして、多くの参拝者たちでにぎわったにちがいない。

 寒さの中で梅があちこちで清楚な花を付けていた。山里にひかえめに咲く花も奥ゆかしくていいが、梅園で競い合うように咲いている姿もまたいい。梅はタケノコと並んでこの町の特産品だそうで、その梅を原料にしてワインまで作られているらしい。

 だいぶ奥まで入って来た。国道469号の桜峠。ここから望む富士山がまたきれいだった。先ほどの話だと、桜の咲くころには6、7合目あたりまで真っ白になった富士山を見ることができるのだろうか。

 

せせらぎを耳に露天風呂
フルーティ、梅のワイン

 桜峠を下ったところに、めざす稲子川温泉「ユートリオ」はある。「湯」と「ゆとり」と「遊」の三つの頭文字から名付けたという町営の温泉施設。名古屋からここまで約250キロ、そろそろ旅の疲れも出始めてきている。

 それは富士川の支流、稲子川に面して建てられていた。オープンしたのは平成6年だそうで、公園や温泉プール、テニスコートなども備えた本格的な施設だ。食堂前には「梅わいん」と染め抜かれたノボリが風にはためいている。

 さすがにここまで来ると、都会などに見られる混雑ぶりはない。のんびりゆったり、心ゆくまで温泉を楽しめた。露天風呂に首までつかっていると、せせらぎの音までも聞こえてくるほどの静けさである。

 風呂から上がって、ものはためしと、ワインを飲んでみた。なるほど梅のほのかな香りに、酸味と甘味がほどよく調和してなかなかいける。平成7年に初めて試飲用に作ったそうだが、人気は上々で年とともに生産量を増やしているとか。

 これは役場や商工会、酒造者や酒販店などが一体となり、町の特産品として育て上げてきたものだそうな。安い梅が中国や台湾から輸入されるようになったせいで、せっかく実った梅も畑にそのまま放置される事態まで起き出した。そこで何とかして有効な利用方法をと関係者たちが頭をひねり、試行錯誤のすえに作り出したものだった。

 ほろ酔い気分で上流を少し散策してみることにした。しばらく行くと「秘境の温泉」を歌い文句にした飛図(とびつ)温泉があった。さらに奥には標高1316メートルの天子岳があり、そのハイキングコースに沿うようにして「天子の七滝」と言われる滝が点在しているそうである。

 

名刹、西山本門寺に参る
信長の首級、この寺に

 一夜開けると、どんよりとした天気に変わっていた。やはり昨日、立ち寄っておくべきだった。せっかく訪れた羽鮒山展望台からは駿河湾や伊豆半島は望むべくもなく、眼前の富士山すらすっぽりと雲の中に隠れてしまっていた。

 気を取り直して、富士五山の一つ、西山本門寺へ。北山本門寺や大石寺(いずれも富士宮市)など五つの寺は山号をともに「富士山」と称している。日蓮宗の中でも格式は高く、歴史に彩られた名刹である。

 下馬札のある黒門から幅15メートル、135段の見事な石段が続いていた。その両側にはうっそうとした杉並木があり、樹齢450年を数える杉の巨木100本ほども林立している。人の気配はまったくなく、本堂前の広い境内もひっそりと静まり返っていた。


信長の首塚がある西山本門寺
信長の首塚がある西山本門寺
 この寺に織田信長の首が埋められているという。明智光秀の裏切りに遭い、京都の本能寺であえない最期を遂げたことはあまりにも名高い。しかし、その首がどうなったかについてはこれまで深く考えてみたこともなかった。

 本堂の裏手へ回ってみると、大きなヒイラギの木とそれを埋めたという首塚があった。脇に立てられた解説板には「原志摩守宗安なる人物が囲碁の名人であった本因坊日海の指示により、炎上する本能寺から信長の首を持ち出してここに埋め、あわせてヒイラギを植えた」旨が記されている。この寺の中興の祖とされる18代日順は原一族の出身で、これを手厚く弔ったともある。

 そのヒイラギは樹齢500年と推定され、県の天然記念物にも指定されていた。根周りは4、6メートルもあり、これほど大きなヒイラギは見たこともない。老木のためかその特徴である葉っぱにトゲがないばかりか、よく見るとその根元には人間の顔をしたような不気味なコブまでできていた。

 

この町に平家の公達も眠る
語り継がれた歴史にも注目

 芝川町はなかなか不思議な町である。信長の首塚には大いに興味をそそられたが、昨日は温泉のあとで楽しんだ散策途中に、平維盛(これもり)の墓にも巡り会っている。温泉のあった上稲子地区は富士川の戦いで敗れた平氏の隠れ住んだ落人の里でもあった。

 その墓は稲子川を望む棚田の中にぽつんと建てられていた。そこからあたりを見下ろすと、周りの山々に囲まれるようにして住宅が点在していた。それは平家の隠れ里にふさわしい光景のようにも見えてくるのだった。

 平維盛は清盛の孫、重盛の長男に当たる。源頼朝と富士川で対陣したが、水鳥の羽音に驚いて敗走している。屋島の戦い後、紀州で入水したとも伝えられているが、こちらの伝承では、実は水死と見せかけて名を清水某と変え、家来の佐野主殿を伴ってここへ落ち延びてきたという。

 現在の墓は佐野家の子孫が天保11年(1840)に幕府に願い出て、若干の金子をもらって再建したもの。昨日訪れた桜峠は維盛のついていた杖の桜が根付いたとの言い伝えから名付けられていた。いまに残る佐野家ではその命日である8月1日に法要を営なんでいるとのことだった。

 帰りがけに教育委員会に寄ってみた。居合わせた犬浦教雄さんは「てっきりおしかりを受けるのかと思いましたよ」と笑いながら、「信長も維盛も裏付けに欠けるところもあり、町として公認しているわけではありません。関係者がそうおっしゃっていることで、むろん史跡などの指定もいまのところ考えていない」とそれらに一歩距離を置く口ぶりだった。

 学問的に言えば確かにそうかもしれないが、しかし、これはなかなか面白い話だ。町おこしの一環として、観光面などから再考してもいいのではないか。ひょっとすると「梅わいん」以上に、町の“名物”となるかもしれない。

 

[情報]芝川町役場
〒419-0315 静岡県富士郡芝川町長貫1311-6
TEL:0544-65-1111

 

 

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