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静岡県函南町

富士の華麗な姿、どこからでも 箱根南麓に位置する山あいの町

おや? 東京のベッドタウン
町内を丹那トンネルが

 「函南」と書いて「かんなみ」と読む。箱根の南側に位置することから名付けられた町名だが、「かんなみ」とはちょっと読みにくい。これを知ったとき、岐阜県は巣南町の知人が「すなみと正しく読んでくれないような人とは話もしたくない」と冗談によく言っていたことを思い出した。

 この町をご存じない人でも、丹那トンネルの通っているところ、と言えば分かってもらえるか。新幹線と東海道本線との二つのトンネルはこの町の山中を通り抜けている。伊豆半島の付け根中央部、三島市と熱海市に挟まれた山あいの静かな町である。

 東海道本線の函南駅へ来た。新幹線はとっくにトンネルの中だが、東海道本線はこの駅の東側でもぐることになる。小さな駅の割に、駐車場が目立った。

 「いまやこの町も東京のベッドタウンですよ。新幹線を使えば、ここから東京へもわずか一時間で行ける。学生さんも下宿するより安上がりだし、親御さんも安心だというんで、ここから通学している人も多いんですよ」

 なるほど、そう言われてみれば、東京も時間的にはそんな距離か。その後、町の中を駆け回ることになったが、あちこちでニュータウンを見、中には山のてっぺんまで瀟洒な住宅の建て込んでいる光景も見られた。東京でばりばり仕事をこなし、美しい富士の眺められるこの町でゆったりと暮らすのも、なかなかいいものかもしれない。

 駅近くの高台に北条宗時と狩野茂光の墓が仲よく並んであった。石橋山(小田原市)の合戦でともに源頼朝に味方して敗れた武将だが、秋のお彼岸の中日にはいまも2人の供養祭が営まれているとのこと。伊豆へ来ると頼朝関連の史跡によく出くわすことになる。

 

長期滞在の湯治客に人気
田園情緒いっぱいの温泉郷

 この日は町内にある畑毛(はたけ)温泉に泊まることにした。丹那山の西すそ、狩野川流域にある、田んぼの中にできた温泉だ。集落内の民家にまじって、12、3軒の旅館が点在していた。

 東海道本線の丹那トンネルは昭和9年にできているが、それまでは地元の人たちの利用するひなびた温泉だったそうな。しかし、湯治場としての歴史は古く、頼朝が軍馬の疲れをいやしたという言い伝えや、寛延年間(1748-1751)には湯敷小屋が設けられてケガ人の治療に当たったとの記録も残されている。装いを新しくしたいまでも、そんな湯治場の雰囲気が色濃く残っていた。

 宿に着くとさっそく湯船に飛び込んだ。ここの温泉はぬるめのお湯が特徴だそうで、ゆっくり浸かっているといいとか。泊まった宿には低温、中温、高温の三つの浴槽があり、冷えたなと思ったら熱い湯に入り、暖まったらまた冷やすといったふうにして、ぬるめのお湯を心ゆくまで楽しんだ。

 夕食の食卓には海の幸もいっぱいだった。函南は北は箱根の山から南は駿河湾の近くにまで延びている。だから海の幸にも事欠かない。静かな温泉宿でちびりちびりと熱燗を傾けていると、いかにも旅に出てきたという感慨にひたれてくる。

 しばらくして、また温泉を楽しむことにした。居合わせたお年寄りはリウマチの持病があるそうで、ここへはよく来ているとのこと。そして「あまり家にばかりいたのでは、息子夫婦のじゃまにもなるしね」と言って笑わせた。

 この人、浴槽へ入るときにはいちいち手桶を持って入る。最初は何事かと思ったが、ひっくり返してそこに座ると、ジエット噴射の湯がちょうど腰に当たる仕掛け。さすがは手慣れたもの。いい湯に入って、うまいものを食べ……ご隠居さんにはこの世の極楽にちがいない。

 

古代人が眠った群集墳
その名も「柏谷の百穴」

 散歩をした後、朝風呂もしっかり楽しんだ。風呂上がりに飲む一本の冷たいビールは最高のごちそう。何だかものすごいぜいたくをしているような気分になってくる。

 この日、最初に訪れたのは畑毛温泉の西1、5キロほどのところにある「柏谷(かすや)横穴群」と呼ばれるところ。その前は野球場や多目的広場などのある公園として整備され、住民たちにとっては格好の憩いの場所となっているようだ。横穴群は公園の奥にひかえた丘陵の中腹に、ぽっかりと口を開けていくつも並んでいた。


斜面にぽっかり口を開けた群集墳「柏谷の百穴」
斜面にぽっかり口を開けた群集墳「柏谷の百穴」
 巨大な前方後円墳や円墳などの群集墳は各地でしばしば見かけるが、山の斜面に蜂の巣状に穴を開けた、このような古い墓を目にするのは初めてのこと。いずれも7世紀前半から8世紀後半にかけて造られたものだそうで、数えてみると100には遠く及ばなかったものの20基は越えていた。実際にはすでに破壊されたものもあるそうで、未発掘のものを含めると300基以上と推定され、昭和51年には国の史跡に指定されている。

 ちょっと中に入ってみた。薄暗いお墓の中から見る外の景色はまぶしく輝いてい見えた。当時の人々は死んだ後にも生きていたときと同じように、あの世での暮らしがあるものと考えていたにちがいない。亡骸(なきがら)の周りには土器などの食器類、刀剣や武具、あるいは勾玉(まがたま)や耳飾りなどの装飾品も納められていたそうである。

 この横穴群は小高い山の斜面にあり、前面には狩野川の造り出した平野が広がっていたはずだ。そして背後にはいまも見られるように、富士や箱根の山がそびえ立っている。ここでのそんな彼らの暮らしぶりをしのばせてくれたのが、横穴群の前にある「歴史散策ゾーン」と名付けられる広場だった。

 時代はややさかのぼるが登呂遺跡をモデルにして、何棟かの竪穴住居と高床倉庫が復元されていた。入口で歓迎してくれた埴輪人形の表情が何ともほほえましかった。公園の駐車場にはバス用のスペースも設けられていたが、先ほどの横穴群と合わせて、この史跡公園は町の観光名所となっているようだ。

 

原生林で思いっ切り深呼吸
神宿る? 巨大なブナの木

 今度は一転、山側の原生の森を目指した。その先には函南原生林があり、巨大ブナとアカガシが見られるという。こんな町の中で原生林とは意外にも思えたが、考えてみれば、箱根の山中までが町域に含まれている。

 車を原生の森に捨てた。ここには池や遊歩道なども造られ、富士や駿河湾を望めるパノラマ展望台もあった。家族連れなどには大自然とゆったりふれあうことのできる、手軽なハイキングコースにもなっている。

 いよいよ森の中に分け入ることにした。その入口には「不伐の森」と彫られた石碑が建ち、早くもスギやヒノキ、カシなどがうっそうと生い茂っている。先ほどから足元ではカニがこそこそ動き回り、ときどき大きなカエルまでが顔を出した。

 地元の人たちはこの森を「大樹立(おおきだち)」と呼んでいるそうだ。ここにはオノを一切入れず、禁伐林として守り抜いてきた。おかげでカシやブナなどの巨木、ケヤキやヒメシャラなどの高木が主要樹となり、緑も鮮やかな原生林を造り出している。

 落ち葉を踏みしめながら登って行くと、やがて道は二手に分かれた。右が樹齢700年と推定される巨大ブナのあるコース、左が樹齢500年という巨大アカガシのあるコース。「樹齢」と「ブナ」に魅せられて、右側のコースをたどることにした。

 途中、朽ち果てたアカガシが通せん坊をしていた。かたわらの説明板には「平成元年の台風で倒れたもので樹齢400年、人間で言えば100歳の高齢に当たる」とある。その下にできた隙間をくぐり抜け、さらに奥へと進んだ。

 巨大ブナの木は深い森の中に悠然と立っていた。根周り12メートル・目通り6メートル、幾多の歳月を経て幹はこけむしているが、それでもたくましく四方へ何本もの枝を広げている。そのスケールの大きさと生命力のたくましさは神々しいほどで、しばらくの間、その前でじっと立ち尽くすのだった。

 

[情報]函南町役場
〒419-0114 静岡県田方郡函南町仁田9
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