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静岡県戸田村

国際交流の秘めた歴史があった 深海のもたらす海の幸があった

秀麗な富士、至る所から
西伊豆観光の穴場

 「いや〜あ、これはこれは……」

 坂を上り振り返って見ると、絶景に言葉も出ないほど。紺碧の駿河湾の向こうに、雪を抱いた優雅な富士山。手前には左手から弓状に延びた緑の御浜岬が、まるで天橋立のような格好で横たわっている。

 伊豆は戸田村にある高台。この村からは富士山を遠からず近からず、ちょうど手頃な距離で眺められる。岬に抱きかかえられるようにしてある入江は噴火してできたとも言われ、天然の良港として多くの漁船でにぎわっている。


町内の高台から見た戸田港
町内の高台から見た戸田港
 村へは海岸に沿って走る国道414号で入ってきた。一帯は険しい山岳地帯で断崖となって海に落ち、道はそれにもてあそばれるようにしてくねくねと続いていた。かつては陸の孤島とまで言われたそうだが、舗装された国道を走っていても、そんな感じが実感されてきたものだ。

 村の中心は戸田大川の河口にできた、わずかばかりの地に固まるようにしてあった。国道沿いには漁業関係の会社や観光、飲食などの店が並び、ひなびた風情の中にも活気が感じられてくる。そんな中にある一軒の小さな食堂に入り、海の幸に舌鼓を打つことにした。

 「ここは漁師さんが多いで、気っ風がいいとこかな。荒っぽいけんど、お人好しが多い。人情にも厚いよ」

 おやじさんに村民の気質について尋ねると、すかさずこんな答えが帰ってきた。そのきっぱりとした口調に、なるほどとうなずかせてくれるものがあった。陸の孤島と言われてきただけに、人も町もそれほど俗化されていないのがうれしい。

 今回も旅は面白くなりそうだ。2日間にわたってじっくり楽しませてもらおう。

 

近代造船業発祥の地
国より先に日ロの交流

 松林と砂浜に誘われるようにして、岬の先端部にある造船郷土資料博物館へ。戸田は近代造船技術発祥の地でもある。そのシンボルとなっているのがこの博物館だった。

 嘉永7年(1854)というから、いまから150年ほども前のこと。日露和親条約を結ぶため下田に来航していたロシアの軍艦「ディアナ号」は、地震による津波で船底などに被害を受けてしまった。幕府から戸田港での修理を許されて回航の途中、今度は激しい季節風にあおられて田子の浦(富士市)まで流されて沈没してしまう。プチャーチン提督以下500人の命は助けられたものの、戸田で帰国するための代艦を造らなければならなくなった。

 館内には3本マストの洋式帆船「ディアナ号」とプチャーチンが感謝の意を表して名付けたという「ヘダ号」の模型が展示されていた。前者が2000トン級の堂々たる軍艦であるのに対し、後者は同じような形ながら100トンという小船。それでも戸田の船大工らによって造り上げられたこの船はわが国初の洋式帆船となり、彼らは後に江戸や大坂で造船所を開くなどして近代造船業の先駆けとなっていく。

 展示物を見ていると、村人とロシア人との交流のほどがしのばれてくる。彼らの持ち物が世話をした村人らに与えられ、それらの多くがこうしてここに集められている。ロシア人を描いた絵の中には「言葉は通じないが音声は西国(関西)のもののよう」と記されているのもある。

 明治20年には亡き父をしのび、プチャーチンの一人娘オルガが訪村している。彼女もまた村人たちの厚いもてなしに感謝し、金一封と愛用の品々を分け与え、臨終に際しては戸田村へ100ルーブルの寄付を遺言することも忘れなかった。この博物館は昭和44年にできているが、建設資金の中にはロシア政府から贈られたものも含まれているそうだ。

 町には彼らの残した足跡があちこちにあったが、その一つ、宝泉寺はプチャーチンの宿舎に当てられた寺でもある。本堂は当時のものが残り、彼はここで「ヘダ号」建造の指揮に当たった。境内の片隅には滞在中に病死した水兵を弔う墓もあった。

 

深海の神秘、目の前に
世界一ジャンボなカニも

 「ええっ、こんなのがいるの」
 「これでもサカナ? 全然見たことないよ」

 博物館に隣接してあるのが「駿河湾深海生物館」。訪れた人たちの間から驚きの声がもれる。ここには湾内に生息するサメやエイ、フグ類をはじめ深海魚など約300種、1000点の標本が展示されていた。

 駿河湾には世界一深いと言われるマリアナ海溝の先端が入り込んできている。最も深いところでは水深2500メートルもあり、湾内の深さとしては世界一だそうな。ここへ太平洋の黒潮が流れ込み、めずらしい深海生物をもたらすことになる。

 館内で最も人気を集めていたのは、これまた世界一大きいというタカアシガニ。大きなものは足を広げると4メートルに達し、体重は10数キロにもなるそうだ。こんなものが高見の見物でもするかのように、海底をのっそのっそと歩いているのかと思うとユーモラスでさえある。

 このカニを何と養殖している人がいるというのだ。食堂を営む中島茂司さん方を訪ねると、海と直結させた水槽の中にタカアシガニがいっぱいいた。中島さんはこの保護・増殖に独力で取り組んでおられるが、「生態はいまだに分からないことばかり」だとか。

 タカアシガニは村の名物でもあり、旅館や食堂などでも出される。中には深海魚を調理する店まであるらしい。夜の楽しみがまた一つ増えてきた。

 

雨の降る日は温泉三昧
安全見守る瞽女観音

 夕方から風が出てきたと思っていたら、2日目は雨まじりのものすごい風だった。宿の人も「最近ではめずらしい」と言うほどの強さ。見晴らしのいい部屋から海を眺めながら「ディアナ号を沈没させた風もこんなものだったのか」と思えてきた。

 温泉に入り、遅めの朝食をとった。宿の客はいずれも手持ち無沙汰の様子で、お年寄りの間からは「今日は将棋でもして過ごすか」との声も聞かれる。こちらはとりあえず町へ出ることにした。

 戸田は磯釣りのメッカでもある。こんな日でも中央桟橋付近には釣りを楽しもうと、準備に取り掛かっている人を何人も見かけた。そんな人たちを眺めていると、中島さんの語っていた「もっと養殖できるようになったら、この港でタカアシガニを釣ってもらいたいよ」という夢のような話が思い出されてくる。

 修善寺側からの入口、戸田峠へ行ってみることにした。海辺から一気に上る感じで、車の高度計は標高700メートルを指している。峠にはここで亡くなった瞽女(ごぜ)を弔う瞽女観音が建てられていたが、修善寺側からここまで来る山道も海べり以上に厳しい道路だそうである。

 旅の仕上げはやっぱり温泉となった。町の中にはクアハウス風の共同浴場「壱の湯」がある。木で組み立てられた温泉やぐらが温泉町としての新しい顔をアピールしている。

 昨夜から何度も入ったはずなのに、天然の温泉はやっぱりいい。湯の中に身を沈めると、心の中までがほかほかとしてくる。面白かった2日間をあれこれ振り返っていると、またいつか来てみたい気持ちになってくるのだった。

 

[情報]戸田村役場
〒410-3402 静岡県田方郡戸田村戸田339
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