マイタウン(MyTown)| 一人出版社&ネット古書店 |
長野県長谷村 |
最奥、南アルプスふもとの村 真実味おびる、平家の落人伝説
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「鹿嶺高原へ行きなさい」
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深山に群生している円座松 |
かたわらに立てられた説明板によると、古いのは樹齢400年を越えているとか。これだけ群生してあるのは不思議だったらしく、高遠藩の学者もこの地を探訪してその見事さに感嘆している。年に一度、天狗がやってきてこの枝に腰を掛けて休んだとの言い伝えも残るそうだが、横に延びた太い枝を見ていると、そんな話が生まれてきたのも素直に信じられてくる。
松の根本には石仏がいくつも祭られていた。村人たちからは神聖な木とあがめられ、触ることはもちろん、近づくことさえ戒められてきたそうだ。そう言われてみれば、どの松も霊気を漂わせているかのようにも思え、そしてまた、たくましい生命力をみなぎらせているようでもあった。
一番上まで登り詰め、振り返って下界を眺めた。するとその見事な幹の向こうに、先ほど通ったばかりの美和湖が遠望できた。ダム湖に架かる赤い橋、神田橋もきれいに見える。
「高坂 孝行猿の家」――尋ね当てた家の玄関軒下にはサルノコシカケで作った扁額が掲げられていた。右手の一室はミニ資料館として開放され、囲炉裏や火薬入れ、あるいはゆかりの絵や骨董などが細々と展示されていた。
孝行猿の話は戦前まで小学校の修身の教科書で紹介され、最近では「まんが日本むかしばなし」でも取り上げられたそうだ。その谷間に生きた筆者は恥ずかしい話ではあるが、この村へ来るまで知らないでいた。村人の語り継いできた、そのストーリーがまた泣かせる。
――ある日、猟に出た勘助は猿を撃ち、明日、皮をはごうと囲炉裏の火棚に手足をしばって吊るしておいた。真夜中、物音に目覚めて部屋をのぞくと、3匹の小猿が親を生き返らせようと炭火で手を暖め、自在カギを伝わって代わる代わる傷口に手を押し当てている。勘助は自分のしたことに青ざめ、翌朝、裏山に墓を作って懇(ねんご)ろに葬るとともに、以降、猟をしないと堅く心に誓うのだった。
その勘助じいさんの5代目がご当主の高坂誉光(たかみつ)さん。「ときどき遠くから訪ねて来る人もありますね。村も“孝行猿の里”として売り出したいようなので、こうしてやらせてもらっているんですよ。みなさん、親孝行の大切さを猿に教えられたと言って帰られます」。展示された遺品や教科書などを見ていると、確かにそんな気持ちにもなってくる。
その高坂さんの家の前から3000メートルを超す塩見岳の雄大な姿が眺められた。勘助じいさんが葬ったという猿の墓はここから車で10分ほど登ったところにひっそりとあった。こんなところまで訪ねてくる人も結構あるとみえ、小さな祠の前にはかなりの数のお賽銭があげられていた。
車に戻ると西の空があかね色に染まっている。こんな風景の中にいると、極楽浄土が西の方にあることを素直に信じたくもなってくる。両親は孝行をする前に逝ってしまったが、いまごろはどうしているかと、柄にもなく感傷的になってきた。
一夜明け“大断層”中央構造線がこの目で見える美和湖岸の観察路や“伊那日光”とも言われる熱田神社、あるいは後醍醐天皇の皇子・宗良(むねなが)親王の墓や検校塚など、村内にある史跡を見て回った。中でも興味を引いたのが“平家落人の里”浦集落だった。
その隠れ里は美和ダムの上流、三峰川をさかのぼった山奥にあった。「平重盛公墓所」「小松氏先祖の墓」の矢印に案内されて坂道を下ると、玉垣に囲まれて小さな墓石が立てられていた。小松氏は壇ノ浦の戦いに破れてこの地に移り住むようになり、古くはここを「壇ノ浦村」と称していたそうである。
「若い衆はみんな出ていってしもうてな、いまはわしら年寄りが6、7軒残っているだけ。姓はみんな小松とその家臣の西村だね。村に家は多いけどほとんどが空き家だったり、別荘などとして新しくはいってきた人のものだったりしてな。こんな山家だけど、移り変わりはそれなりにありますねぇ」
農作業中のおばあちゃんはクワを持つ手を休め、最近の村の様子をこう話してくださった。いまも彼岸(春)の中日には墓前で“赤旗祭”先祖祭が行われ、その後、年番の家で酒宴が開かれることになっているとか。その席の床の間には「小松内大臣平重盛卿」と大書された掛け軸が掲げられるそうである。
南アルプスの人里離れた山懐に、いまもひっそりと生き続ける平家伝説。はるかな時の流れに思いを馳せながら帰途に着くことにしたが、長谷村は夏場でなくても十分楽しむことのできるところだった。観光地として有名な高遠へ来たら、ぜひこちらにも足を延ばしてみたいものだ。
村を後にして、忘れ物に気付いた。喫茶店のご主人から聞いたローメンは昨夜の宿でも出なかった。伊那地方の家庭料理とのことだったが、旅人にふるまうにはごちそうと思われていないのだろうか。
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