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岐阜県上宝村 |
湯煙立ち上る“湯の里”奥飛騨温泉郷 中部山岳国立公園を背に、大自然を満喫
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いきなり雲の上に
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村内でのワンショット |
それにしてものどかだった。せせらぎの音が耳に心地よいし、時折、ウグイスなど野鳥のさえずりまでも聞こえてくる。大自然の中で味わう露天風呂は格別だ。
先ほど乗ったロープウェイのガイド嬢は「露店風呂の数は日本一」と解説してくれていた。まだ村内の様子を垣間みただけに過ぎないが、旅館や民宿の多くは泊まり客以外にも開放しているそうだ。また、飲食店をはじめとする観光施設などでも、露店風呂を売り物にしているところも少なくないらしい。
後から入っていた中年の男性は神奈川から来たとか。安房トンネル効果で村内には関東ナンバーの車も目立つ。その人は「上高地のイメージはさわやかで若い人に受けていますが、こちらは演歌の世界にひたっているようで、われわれ中年にとってはうれしいですな」と言って笑うのだった。
上宝村の自慢は豊富な湯量を誇る温泉にある。蒲田川と平湯川に沿って五つの温泉があり、宿泊施設は合わせると200軒にものぼるとか。これらは総称して奥飛騨温泉郷と呼ばれている。
蒲田川沿いにあるのが新穂高温泉と栃尾温泉。前者は上流の渓谷部にあり、しゃれたホテルやペンションなども多いようだ。後者は逆に民宿を中心とした、気さくで庶民的な感じだ。
もう一方の平湯川沿いには上流から平湯温泉、福地温泉、新平湯温泉の三つがあった。前者には武田信玄が飛騨攻めのときに見つけたとの伝承が残り、中者には平安時代に村上天皇がおしのびで訪れて療養され、後者には円空上人が一カ月以上にわたって逗留されたといういわれもある。競い合うようにして建ち並ぶ旅館などを見ていると人気のほどが分かるが、それだけにサービス面での競争も激しいものがあろうと想像されてくる。
新平湯温泉にはクアハウス「ヘルシーランド奥飛騨」があった。広々とした室内にはサウナや薬湯、寝湯など様々な浴槽があり、先ほど露店風呂を満喫したばかりだというのに、またまた入ることになってしまった。ここは温泉プールやトレーニングルームまで備えた、なかなか本格的な施設だった。
帰りぎわ、駐車場の片隅にある記念碑に目がとまった。近付くとセンサーが感知したのか、竜鉄也の名曲「奥飛騨慕情」のメロディが流れ出した。26歳で失明した彼はかつて見た奥飛騨の美しさを歌い上げて大ヒットとなるが、石碑にはその歌詞が三番まで刻み込まれていた。
この日、栃尾温泉の民宿に泊まることにした。部屋は多少狭くても、あるいは古めかしかったとしても、おいしい料理に温泉さえあれば、それだけで心に残るいい旅となるものだ。夜半に目覚めたのを幸いまた露店風呂に入ると、天空に出たまん丸の月があたりを皎々と照らし出していた。
上宝村には自然がいっぱい息づいているが、中でもひときわいいのが双六渓谷だとか。早速、双六川をさかのぼってみることにした。新緑を映して川は青く澄み、せせらぎでは日の光を浴びて水がきらきらと光っている。
相棒は先ごろ渓流釣りの本を出版したほどの釣りマニアだ。「この川にサオを出したと言うだけで、釣り人はもう満足しますよ。しかし、地元の人の案内がないと危ない。よく死者が出るんですよね」。そう語りながらも、いささか興奮気味の様子である。
道路脇に石を積み上げた記念碑のようなものがあった。かたわらに立てられた解説板を見ると「鼠石」とあり、「双六川の川底からはい出してきたネズミの精がこの石に宿っている」旨の伝説が紹介されていた。そう言われて川を見ると、清流に洗われている無数の小石が、何だかネズミがうごめいているようにも思えてくる。
さらに上流に行くと宿泊研修施設「おこじょ小屋」とテント村があった。周りの新緑が目にまぶしいほどだ。訪れたときはいずれもシーズンオフで利用者はなかったが、夏場にはこんな秘境でアウトドアに興ずるのも面白いにちがいない。
相棒は先ほどから「このあたりは魚影が濃い」とか「見るだけというのはつらい」などと、しきりに独り言を言っている。道は細くなってきたが、どんどん車を進めてゆく。そして彼は「上流の渓谷にはぞっとするようなところがあり、そこの地名はキンチヂミと言われているんですよ」とのたまうのだった。
やがてダム湖と発電所のあるところに出た。ダムのかたわらにある桜はいまを盛りと咲き誇っている。道はさらに奥へと続いていたが、双六渓谷には湯の町とはまたひと味違った静寂で清らかな大自然があった。
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