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岐阜県上宝村

湯煙立ち上る“湯の里”奥飛騨温泉郷 中部山岳国立公園を背に、大自然を満喫

いきなり雲の上に
ロープウェイで空中散歩

 眼前に広がる雄大な北アルプスの光景に、ゴンドラの中から歓声が上がった。わずか十数分の空中遊泳で、一気に標高2156メートルの西穂高口、千石平へ。昔なら山男だけに許された特権だっただろうが、いまはハイヒールをはいたままでも簡単に立つことができる。

 「わっ、すごい。最高だよ」
 「カンゲキ! 山が迫ってくるみたい」

 展望台に出たとたん、歓声はさらに高まった。すぐ目の前には残雪を抱いた山々がそそり立つようにして連なっている。張り詰めた空気の中で、神秘的なほどの美しさだ。

 ところが、下界ではあんなによく晴れていたというのに、肝心の山頂部分に雲がまとわり着いていてよく見えない。しばらくすると団体客の中から「シカでもライチョウでも出てこんかいな」「山があるだけで、まったくあいそない」などとの冗談も出始めた。みんな周りの景色をひとあたり楽しむと、申し合わせたように次の便で帰っていく。

 1時間ほどねばってみたかいがあった。正面の山々をおおう雲はゆっくりではあったが動いてくれた。そしてついに笠ケ岳や錫杖岳、双六岳などがその全貌を現し、目を左に転ずるとあれほど厚い雲におおわれていたのに、焼岳も丸みをおびた山頂をのぞかせている。背後の槍ケ岳や奥穂高は依然厚いベールに包まれたままだったが、それでも手前にある西穂高山荘の建物などを確認することができた。

 この間、幾人もの観光客が運ばれてきた。大パノラマに歓声を上げ、記念写真に納まり、そして、そそくさと立ち去っていく。手軽に登山できるようになった分、下界のあわただしさがそのまま持ち込まれているようでもあった。

 

日本一、露店風呂天国
トンネル効果で関東からも

 槍や穂高からこぼれ出た水はやがて蒲田川となって流れ落ちる。一方、乗鞍からは平湯川が流れ出してくる。この二つの川は村の中央部の栃尾地区で出会って高原川となり、さらに下流の双六岳から来る双六川と合流して神岡町へと下ってゆく。

 最初に訪れたロープウェイへはその高原川と蒲田川にそってさかのぼった。景色のよい蒲田川沿いにはホテルや旅館、民宿などが点々とあった。途中の高台からはまるで天を突くかのように、槍先の形をした槍ケ岳もくっきりと見えたものだ。


村内でのワンショット
村内でのワンショット
 帰りがけに蒲田川畔にある露店風呂「新穂高の湯」に入ってみることにした。“寸志”で入れる無人の共同浴場で、川沿いにはこうした施設がいくつもある。北アルプスを目の前に望みながら、格安で露店風呂めぐりが楽しめるのも、ここ湯の里ならではのものだ。

 それにしてものどかだった。せせらぎの音が耳に心地よいし、時折、ウグイスなど野鳥のさえずりまでも聞こえてくる。大自然の中で味わう露天風呂は格別だ。

 先ほど乗ったロープウェイのガイド嬢は「露店風呂の数は日本一」と解説してくれていた。まだ村内の様子を垣間みただけに過ぎないが、旅館や民宿の多くは泊まり客以外にも開放しているそうだ。また、飲食店をはじめとする観光施設などでも、露店風呂を売り物にしているところも少なくないらしい。

 後から入っていた中年の男性は神奈川から来たとか。安房トンネル効果で村内には関東ナンバーの車も目立つ。その人は「上高地のイメージはさわやかで若い人に受けていますが、こちらは演歌の世界にひたっているようで、われわれ中年にとってはうれしいですな」と言って笑うのだった。

 

奥飛騨に湯煙上る安らぎの里
まさに入り浸り、贅沢三昧

 上宝村の自慢は豊富な湯量を誇る温泉にある。蒲田川と平湯川に沿って五つの温泉があり、宿泊施設は合わせると200軒にものぼるとか。これらは総称して奥飛騨温泉郷と呼ばれている。

 蒲田川沿いにあるのが新穂高温泉と栃尾温泉。前者は上流の渓谷部にあり、しゃれたホテルやペンションなども多いようだ。後者は逆に民宿を中心とした、気さくで庶民的な感じだ。

 もう一方の平湯川沿いには上流から平湯温泉、福地温泉、新平湯温泉の三つがあった。前者には武田信玄が飛騨攻めのときに見つけたとの伝承が残り、中者には平安時代に村上天皇がおしのびで訪れて療養され、後者には円空上人が一カ月以上にわたって逗留されたといういわれもある。競い合うようにして建ち並ぶ旅館などを見ていると人気のほどが分かるが、それだけにサービス面での競争も激しいものがあろうと想像されてくる。

 新平湯温泉にはクアハウス「ヘルシーランド奥飛騨」があった。広々とした室内にはサウナや薬湯、寝湯など様々な浴槽があり、先ほど露店風呂を満喫したばかりだというのに、またまた入ることになってしまった。ここは温泉プールやトレーニングルームまで備えた、なかなか本格的な施設だった。

 帰りぎわ、駐車場の片隅にある記念碑に目がとまった。近付くとセンサーが感知したのか、竜鉄也の名曲「奥飛騨慕情」のメロディが流れ出した。26歳で失明した彼はかつて見た奥飛騨の美しさを歌い上げて大ヒットとなるが、石碑にはその歌詞が三番まで刻み込まれていた。

 この日、栃尾温泉の民宿に泊まることにした。部屋は多少狭くても、あるいは古めかしかったとしても、おいしい料理に温泉さえあれば、それだけで心に残るいい旅となるものだ。夜半に目覚めたのを幸いまた露店風呂に入ると、天空に出たまん丸の月があたりを皎々と照らし出していた。

 

自然は友達、双六渓谷
釣り人あこがれの双六川

 上宝村には自然がいっぱい息づいているが、中でもひときわいいのが双六渓谷だとか。早速、双六川をさかのぼってみることにした。新緑を映して川は青く澄み、せせらぎでは日の光を浴びて水がきらきらと光っている。

 相棒は先ごろ渓流釣りの本を出版したほどの釣りマニアだ。「この川にサオを出したと言うだけで、釣り人はもう満足しますよ。しかし、地元の人の案内がないと危ない。よく死者が出るんですよね」。そう語りながらも、いささか興奮気味の様子である。

 道路脇に石を積み上げた記念碑のようなものがあった。かたわらに立てられた解説板を見ると「鼠石」とあり、「双六川の川底からはい出してきたネズミの精がこの石に宿っている」旨の伝説が紹介されていた。そう言われて川を見ると、清流に洗われている無数の小石が、何だかネズミがうごめいているようにも思えてくる。

 さらに上流に行くと宿泊研修施設「おこじょ小屋」とテント村があった。周りの新緑が目にまぶしいほどだ。訪れたときはいずれもシーズンオフで利用者はなかったが、夏場にはこんな秘境でアウトドアに興ずるのも面白いにちがいない。

 相棒は先ほどから「このあたりは魚影が濃い」とか「見るだけというのはつらい」などと、しきりに独り言を言っている。道は細くなってきたが、どんどん車を進めてゆく。そして彼は「上流の渓谷にはぞっとするようなところがあり、そこの地名はキンチヂミと言われているんですよ」とのたまうのだった。

 やがてダム湖と発電所のあるところに出た。ダムのかたわらにある桜はいまを盛りと咲き誇っている。道はさらに奥へと続いていたが、双六渓谷には湯の町とはまたひと味違った静寂で清らかな大自然があった。

 

[情報]上宝村役場
〒506-1392 岐阜県吉城郡上宝村本郷
TEL:0578-6-2111

 

 

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