木曽山脈を望む県境の町
明鏡止水、奥矢作湖
旭町は矢作川の上流部にある町。川はダムによってせき止められ、曲がりくねった奥矢作湖を造り出している。ダム湖の対岸は岐阜県の串原村だ。
町域の大部分は小さな起伏でおおわれ、張り出してきた木曽山脈の西側斜面に当たっている。標高にすると120メートルから860メートルくらいまでとか。三河高原の一角をなし、こちらでは「旭高原」と呼ばれていた。
まずは奥矢作湖をさかのぼってみることにした。下流部の矢作第二ダム近くにはカヌー練習場があり、ここはしばしばカヌー大会が開かれることでも知られている。やがて巨大なアーチ型の矢作第一ダムが現れ、そこからは満々と水をたたえたダム湖が広がっていた。
まだ紅葉には少し早かった。それでも上流へ行くにつれ、木々の葉が赤や黄に色づき始めている。旭大橋を超えたあたりからは川幅も一段と広がりを見せ、湖面に映る山々の姿が美しかった。
稲武町との境まで来て折り返すと、何台もの車とすれ違うことになった。来るときはまだ人気(ひとけ)は少ないように思ったが、ここを訪れる行楽客は結構あるようだ。これから本格的な紅葉シーズンを迎え、一層にぎわいを見せるにちがいない。
第二ダム近くにある城山森林公園に足を延ばしてみることにした。公園とは名ばかり、すごい山道だ。標高520メートルの頂上部は削り取られており、遺構らしいものは確認できなかったものの、美濃遠山氏の一族が居城した城跡だった。
公園からは恵那山や木曽の山々を遠望することができた。地理的に見て旭町は東濃からの影響を強く受けてきたはず。帰ってから手元にあった『愛知の城』という本をひもといてみたら、何と町内にあったという25もの山城が紹介されているのだった。
子供らの歓声、山々にこだま
一日中遊べる旭高原元気村
この町の人気施設が旭高原元気村だ。丘陵地を切り開いてスポーツとレジャーの一大施設が造られている。その中心となるのが星と雪とをテーマにしたシンボルハウス「きらめき館」だった。
ここの目玉は天文台「ミラッセ」と雪の部屋「ホワイトルーム」。前者はコンピュータ制御の天体望遠鏡を備え、澄んだ夜空でじっくり星の観察を楽しむことができる。後者は1年中を通じていつでも粉雪を降らせられる施設で、居合わせた子供たちは雪を握って大はしゃぎだった。
この施設を中心にして、周りにはグランドやテニスコートをはじめ、野外ステージ、バンガロー村、ファミリーロッジ、さらには農園や牧場、乗馬などの施設もある。中でもこれから人気を呼びそうなのが「雪の広場」と名付けられたミニ・ゲレンデ。その片隅には「動く歩道」も設けられており、人工雪の上で雪合戦やソリ遊びなどができるようになっていた。
すべり台など遊具のある「わいわいランド」の休憩所で、30代後半と見たお父さんが荷物の番をしながら、ぼんやりと外を眺めていた。子供たちは奥様を連れて森林浴コースにハイキングに出かけたとか。「ここへは初めて連れてきたが、元気な子供たちにはとてもついていけないよ」と苦笑するのだった。
最近はレジャーの一環として、手作り体験が人気を呼んでいる。ここにある「元気工房」では五平餅や豆腐、味噌、鶏の薫製などのグルメ体験や草木染め、ガラス工芸、ガーデニングなどクラフト体験のできる各種教室も用意されていた。変わったところでは牛の世話や炭焼き体験などまである。
しかし、旅人である筆者はそうしたいずれにも傍観者でしかなかった。それでも、村内を一通り散策するだけで1時間以上もかかってしまった。近くには研修などにもよい、立派な「旭高原少年の家」もあった。
帰りがけ、再度「きらめき館」にある特産品コーナーに立ち寄った。ここにはジネンジョや和菓子、味噌、地酒など、町の特産品がいっぱい並べられていたからだ。あれこれと迷ったあげく、最後に選んだ一品はジネンジョをベースにした高級焼酎「とろとろ」という、この町ならではの名酒だった。
笹戸温泉でのんびりゆったり
秘湯ブームで人気高まる
旭町には温泉が3カ所もある。笹戸温泉、小渡(おど)温泉、榊野(さかきの)温泉がそれ。前二つは矢作川の河畔にあり、後の一つは山間部にある。
この日は笹戸温泉に泊まることにした。三つの中で一番大きいが、それでも宿は8軒あるだけ。そうしたひなびた風情も受けて、ここを訪れる客は結構多いらしい。
一風呂浴びると、ちょっと早めの夕食に。食卓には川魚やしし肉、山菜、ジネンジョなど、地元の素材を生かした野趣あふれる料理が並べられ、思わず顔がほころんでくる。そして、宿の人の心のこもったもてなしが最高のごちそうだった。
ご主人の話によると、笹戸温泉は県下で最も古い温泉だとか。温度は21度でわき出す単純硫黄泉だそうだが、神経痛やリウマチ、皮膚病などによく効き、古くから湯治場として知られていたらしい。確かに静かな山里でゆったり温泉にひたり、こうしておいしい自然の恵みをいただけば、不治の病も治ってしまうのかもしれない。
翌朝、散歩に出かけた。奥矢作湖からだいぶ下流に当たっており、橋を渡った対岸は和紙で知られた小原村だ。そういえば、温泉に恵まれない小原村や串原村を訪れる人たちにとっても、ここは格好の旅の宿となっているというわけか。
部屋は川に面していた。目の前の川原に一本の枯れ木があり、鳥が入れ替わり立ち替わり、羽根を休めにくる。これは絶好のバードウオッチングが楽しめる。
そうだ、昨日買った幻の名酒があるではないか。ちびりちびりとやりながら、次々と訪れる野鳥たちに目を細めるのだった。
榊野温泉の周りは史跡の宝庫
山寺に遊び、杉の巨木を仰ぐ
町の南方にある榊野温泉は香嵐渓で有名な足助町に近い。こちらは山あいを流れる阿摺川沿いにあり、宿は1軒あるのみという文字通りの秘湯。温泉の周囲には歴史を色濃く残した史跡が点在していた。
普賢院は周りの古木などともマッチして、古色蒼然とした雰囲気に包まれていた。寺というよりも民家に近い感じだ。江戸時代の初め、足助の旗本だった鈴木正三(しょうさん)が復興したものだが、この人は武士道精神を加味した独特の禅「二王禅」の提唱者でもあった。
寺の歴史は古く、創建は平安時代の初期にまでさかのぼるとか。その後、源頼朝が諸堂および12僧坊を再建して隆盛を極めた。しかし、戦国時代に入って甲斐の武田軍によって焼かれ、往時の面影をすっかり失ってしまったそうである。
同じ押井地区の山あいには磨崖撲(まがいぶつ)があった。自然石に地蔵菩薩と倶利伽藍不動(くりからふどう)が彫り込まれていた。信州は高遠の石工が作ったものだそうで、この地方でこうした磨崖仏が見られるのはめずらしい。
榊野温泉から北へ1キロほど行った杉本地区に「貞観杉」という県下で一番大きく、国の天然記念物にも指定された杉の木があるとか。「杉本」という地名からも「貞観」という年号からも、その古さがしのばれてくる。古木や巨木にはなぜか引きつけられるものがある。
その大杉は神明社の境内、鳥居のすぐ左側にそびえ立っていた。根回り約15メートル、樹高約45メートル、推定樹齢1000年以上。この神社は貞観年間(859−877)に建てられたと言われ、創建当初に植えられたものと見られている。
近く遠く、右に左に、何度も眺め回した。見ているだけでほれぼれとした気分になり、生きる力を分け与えられるようでもある。見上げた秋空に、トンビが1羽、ゆったりと舞っていた。
[情報]旭町役場
〒444−2846愛知県東加茂郡旭町大字小渡字船戸15−1
TEL:0565−68−2211
|