マイタウン(MyTown)| 一人出版社&ネット古書店 |
静岡県中川根町 |
香嵐渓あり、三州足助屋敷あり “塩の道”伊奈街道の宿場と商業の町
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つり橋、大井川をまたぐ
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茶畑の中を行くSL |
「まとめて」と言ったって、七曲がりが身近に感じられるのはここだけで、何かそれにふさわしい名称があってもいいのではないか。勝手ながら大きく曲がっているので“大曲がり”と命名することにしてしまった。
少し行くと「くのわき親水公園キャンプ場」に出た。大曲がりの内側に造られており、敷地面積4万平方メートルと町内最大のキャップ場だ。場内は緑の木々で覆われており、若者や家族連れが思い思いにキャンプを楽しんでいた。
そのキャンプ場を横切り、大曲がりの河原に出た。川幅はとてつもなく広いが、一面石ころに埋め尽くされて、流れはせせらぎのようにやさしい。これなら安心して水とたわむれることもでき、まさに水に親しむ絶好の公園であった。
川に沿って散歩していると、蒸気機関車の汽笛が響いてきた。対岸を走っている大井川鉄道からだ。やがて姿を現わしたSLは何度も何度も汽笛を鳴らしながら、ゆっくりと視界から遠ざかっていった。
こんな上流へ来ているというのに、大井川の川幅は驚くほど広い。干上がって石の川原ばかりが目立つが、ダムもなかった昔は濁流渦巻く暴れ川だったにちがいない。集落は川と山に挟まれたわずかばかりの地に点在していた。
町名は「川の根っこ(源流)近くにある町」ということから名付けられている。下流が川根町、上流が本川根町で、中川根町はその中間にある。ここ一帯は川根茶の産地であり、山すそには緑濃い茶畑が広がっていた。
町の中心部を通り抜け、さらにさかのぼると、お茶の博物館「茶茗館」があった。大井川の流れをモチーフとした長いテーブルの上に、お茶の歴史や茶畑の四季、お茶の製法などが映像やパネルを使って解説されていた。館内に流れる水琴窟のリズミカルな音が耳に心地よい。
2階は中川根町の歴史と民俗を紹介するコーナー。この町で出土したという縄文時代の土偶が目に飛び込んで来た。茶を巡る紛争などを記した古文書、大井川を行き交う高瀬舟の写真、輸出品として海外でももてはやされた中根茶の様子。日ごろ何気なく飲んでいるお茶も、こうした背景を知ると一層味わいが出てくるようだった。
館内を一巡りした後、お茶のご相伴に預かる。このサービスは入館料とセットになっており、来館者にはなかなか好評だそうな。通された茶室「お茶の伝習室」は青畳もすがすがしく、随分ぜいたくな造りだった。
一口含むと、お茶はこんなにおいしかったのか、と思えてきた。中根茶は味と香りのよさで、日本三大銘茶の一つに数えられているとか。よく手入れされた日本庭園を眺めながら、ゆったりとくつろいだひとときを過ごさせてもらったが、その後、町のあちこちでおいしいお茶と巡り会うことになるのだった。
翌朝、朝食前に散歩に出た。町全体がうっすらと霧に覆われ、山の冷気がさわやかに感じられる。昨日の話では、大井川から湧き上がるこの川霧がお茶の栽培にいい、とのことだった。
バサッという音に振り返ると、2匹の鹿が逃げて行くところだった。こんな身近なところに、まだいたのか。昨晩、夕食に出された鹿刺しがおいしかったが、なるほど、郷土料理の一つに上げられていただけのことはある。
ここは“鳥居杉”のある、浅間神社の社殿前。案内板に「向かって左が根回り10、9メートル、右が5、9メートル」と記されている。対になっていることからまたの名を“夫婦杉”とも呼ばれ、静岡県の天然記念物に指定されているほどの巨木だった。
いまは訪れる人もない静かな境内だが、毎年8月15日には多くの人々でごった返す。国の重要無形民俗文化財に指定されている「徳山の盆踊り」が奉納されるからだ。鹿に扮して舞う“鹿ン舞い”、おはやしから“ヒーヤイ踊り”とも言われる盆踊り、それに狂言の3点がセットになった、この町の名物行事だそうである。
鹿ン舞いは農作物を荒す鹿などを追い払い、豊作を祈ることから始められたものらしい。鹿の頭部をかむった雄鹿1人と牝鹿2人、それにひょっとこ数人が笛や太鼓、拍子木などに合わせて舞う、素朴ながらもなかなか勇壮な踊りだそうな。昨日訪れた茶茗館でも、郷土を代表する伝統芸能として、この踊りが紹介されていた。
杉と言えば、少し下流にある津島神社の〃五本杉〃も、鳥居杉に負けず劣らず見事な大木だった。こちらも同様に県の指定を受けており、根回り8、3メートル、推定樹齢300年とある。高さ8メートルのところで幹が5本に分かれ、それぞれが仲良く成長している何とも不思議な形をした木であった。
大自然の中でのびのび遊ぶことのできる基地が「中川根ウッドハウスおろくぼ」だ。大井川右岸の山中にログハウス風の宿泊施設があり、周りにはテニスコートやフィールドアスレチック、山の暮らしや動植物を紹介する「緑の伝習館」などもあるとか。早速、車を走らせてみることにした。
途中で小さな公園に出会った。公園は池を中心にして造られており、その池は「おろちの池」と名付けられていた。かたわらに立てられた石碑には、この池にまつわる伝説が刻まれていた。
何でも遠い昔、大蛇がこの池をすみかとし、村人と平和に暮らしていたらしい。ある日、栗拾いに来た少女が栗と間違え、大蛇の目玉を引っぱってしまった。怒った大蛇は少女を飲み込んだので、村人は恐くなってみんなで追い出してしまったそうな。
「おろくぼ」は「尾呂久保」と書くが、なぜか語呂がおかしいと思っていた。その碑文によると「尾呂久保」は「尾呂地の窪」から来たとあるし、「中尾」や旅館のあった「上長尾」「下長尾」の地名も、このおろちゆかりのものだった。そう言えばこの町には「地名」と書いて「じな」と読ませる地区もある。
その「ウッドハウスおろくぼ」の前を通り、白羽山の展望台に来た。眼下には大井川が流れ、正面には無双連山が眺められた。その左手はるかに富士山も望めるはずがだが、よく目をこらしても見つけ出すことは難しいようだった。
あたり一帯は奥大井県立自然公園になっている。この奥にある大札山や犬山段までは車で入ることもできるし、さらに奥の蕎麦粒山や高塚山もハイキングコースとして人気を集めているそうだ。山にはブナやカエデ、ナナカマドなども多く、登山道の整備と相まって、四季を通じて訪れる人が増えてきているとのことだった。
車を捨てて少し奥へ入ってみた。木々の緑が目にまぶしく、ところどころに咲く山ツツジの花が鮮やか。野鳥のさえずりもにぎやかで、ちょっぴりではあったが、ハイキング気分にひたることができた。
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