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長野県三岳村

木曽節に歌われた“名峰”御嶽山 大自然の中で楽しむ「歩く」「見る」「聞く」

信仰の山、まざまざと
御嶽は魂のふるさと

 どんよりとした空から、とうとう雨が降り出した。村の入口近くにある食堂でおいしいそばをいただき、「さあ、これから」と意気込んだ矢先のことだ。それでも予定通り、車で登れる6合目まで行ってみることにした。

 道はやがて村の中心地、大島ダム湖のある手前で二つに分かれた。右は三岳村の中を通って行く黒沢登山口、左は王滝村の田の原へと通じている。この二つの登山ルートは古くから御嶽講の人たちが通った信仰の道でもあった。

 登るにつれて沿道に霊神碑が見え始めた。特に、3合目から4合目にかけてはおびただしい石碑が林立しており、信者でもない観光客の目には異様とも思える光景だ。それらの大きな霊神場の奥には日の出滝や大祓(おおはらい)滝、松尾滝など、水行をするための滝が設けられていたが、いずれも長年の歳月をかけて信者たちの手によって造られた人工の滝であるという。

 碑には申し合わせたように「○○霊神」と彫られ、付近にはそれらを作る石屋も何軒か見られた。信者の間では死後、山のふところ深くに抱かれて眠るとされ、それらの碑は霊魂の依代(よりしろ)ということらしい。そうした石碑群を眺めていると、御嶽山が一層神秘的な山のように思われてくるのだった。

 雨はどうやらやんだが、あたりは深い霧の中。「霊峰ライン」と名付けられた山道は美林をかき分けるように、右に左にと折れ曲がりながら高度を上げてゆく。遠くの景色は望むべくもなかったが、霧に包まれた森林もまた幻想的でなかなかいいものである。

 6合目の「中の湯」というところが車での行き止まり。うれしいことに、そこにあった山小屋にはいい湯が湧いていた。硫黄の香り漂わせた乳白色の湯。人気(ひとけ)のない山の湯を独り占めにできたが、どうやら今日はツキに見放されているらしく、今度はいよいよ大粒の雨が降り出してきた。

 

1合目に覚明ゆかりの御嶽神社
山と共にある村民の暮らし

 こんな雨ではどうしようもない。早々と村の中心部、役場のある下殿地区の旅館に逃げ込んだ。「部屋から御嶽が一望できる」を売り物にするこの旅館の女将(おかみ)は「せっかく来ていただいたのに」と同情しながらも、「明日はきっと晴れますよ」と慰めてくれた。

 その予想は見事に当たった。窓の向こうに朝日を浴びる御嶽が見える。さっそく朝食前の散歩に出掛けることにした。

 この集落のあるところが1合目に当たっている。宿の向かい側に〃御嶽中興の開山〃覚明行者の巨大な霊神碑と御嶽神社があった。御嶽信仰は江戸時代の後期、この覚明によって一般に広められ、そして全国的なものへとなってゆく。近くに大泉寺という臨済宗の寺があったが、そこが覚明の菩提寺でもあった。

 昨日、この集落を通り過ぎるとき、高台に建つ大きな建物が気になった。訪ねてみると、それは小学校だった。鉄筋ながら木を表面にふんだんに使っており、いかにも木の王国にふさわしい校舎だった。

 上手にあるダム湖は鏡のように静まり返り、周囲の山々をきれいに映し出している。大島橋のたもとに細長い石碑があったので近寄ってみると、それは昭和58年に建てられた中国人の慰霊碑だった。戦時中、発電所の建設などに多く中国人が連れてこられたそうだが、過酷な労働の中で死んでいった人たちを慰めたものだ。

 村をぐるっと一回りし、保育園のある高台に出た。ここからはこの集落全体が手に取るように見下ろせ、その向こうには御嶽山がどっしりとひかえている。いまは山頂付近に少し雲がかかっているが、それがかえってアクセントとなって美しい。

 この山は標高3063メートル、中央火口丘に剣ケ峰をいただき、その周囲に摩利支天岳などの外輪山を持つ独立峯だ。雄大な山容は木曽の王者と呼ぶにふさわしく、かつては「王嶽(おうだけ)」と言われたこともあったとか。そんな風格が早くから人々に畏敬の念を起こさせ、聖なる山とあがめられることになったのであろうか。

 

大パノラマ、倉越高原
ロープウェイで空中散歩

 ここは3合目付近に当たる倉越高原。宿の女将から「御嶽がすぐ目の前に見える」と太鼓判を押されたところだ。天気さえよければこの村のどこからでも望めるが、なるほど、ここからの眺めは迫力も十分である。


「さやわか信州」を体感できた倉越高原
「さやわか信州」を体感できた倉越高原
 「一番高いのが剣ケ峯で、その左が継母岳か。剣ケ峯の左側にあるちょっと高いのが摩利支天だとすると、その左端の山は継子岳ということになるのか……」

 手にしたパンフと見比べながら、知らないうちにぼそぼそつぶやいていた。

 3年ほど前、王滝村の田の原から登頂したことがある。随分難儀して登ったのもだが、あのとき山頂付近で白装束姿の70を過ぎたお年寄りに出会って驚いたものだ。信仰心がなければ、とても登れたものではない。

 目を後方に転ずると、はるか彼方に中央アルプスの連山が望めた。一段と高くそびえているのが木曽の駒ヶ岳か。屏風のように連なる山々の中ほどには白雲がたなびいており、その高さがよけいに強調されているようにも見える。

 倉越高原からの眺めは素晴らしいのひとこと。近くの山には青空をバックにカラマツが天をつくかのように伸びている。高原の爽やかな風に吹かれながら、しばらくの間、360度の大パノラマを堪能した。

 次はスキー場でよく知られた御岳ロープウェイへ。三岳村へ来てやっぱりここを紹介しないわけにも行くまい。こちらはゴンドラに身をゆだねさえすれば、空中遊泳を楽しみながら、わずか10分ほどで標高2150メートルの7合目にまで運んでもらえる。

 幸い天気に恵まれて、観光客で大にぎわい。中にはちゃっかりこれを利用して登ってゆく登山者もいる。乗ってみたい気持ちは山々だったが、こちらは他に行きたいところもあり、空の旅はパスすることにした。

 

深山幽谷で大きく深呼吸
原生林、油木美林を歩く

 昨日行けなかった油木美林は「霊峰ライン」の4合目から5合目にかけて広がっている。そこは数少ないヒノキの天然林で、樹齢300年を越す名木が林立しているとか。同じ森林浴でも、そんじょそこらのものとは格が違うというわけだ。

 まずは「こもれびの滝」と「不易の滝」に歓迎された。前者では大柄なリスがちょこまかと動き回り、盛んに愛敬を振りまいてくれた。後者は太古の水が岩からしみ出してくるような繊細な感じの滝で、訪れた者を幽玄の境地に導いてくれるようでもある。

 滝の近くから整備された遊歩道が続いていた。しかし、急な上り道で早くも息がはずみ出した。御嶽の中腹を行くとあれば無理もなかろうが、考えようによっては清々しいヒノキの香りを存分に吸うこになるので、かえって好都合なのかもしれない。

 いまある巨木はここを領した尾張藩が保護してきたものだ。伐採は固く禁じられ、その厳しさは「ヒノキ一本に首一つ」とまで言われたほど。この原生林は学術参考林に指定されていて、いまも神秘的なほどの美しさである。

 「おお、これは大きい」
 「見ているだけで、ほれぼれとしてきますよ」
 「こんなの、一本買うとすると何百万円になるのか」

 相棒と交わす言葉にも、驚きとため息が入り交じる。すでにヒザはガクガクだが、さらに奥へと行きたくなってくる。遊歩道は巨木を縫うようにどこまでも続いており、かたわらにある赤褐色の分厚い樹皮に触ってみたら、何とも言えないやさしい手触りだった。

 およそ2時間ぐらい歩いただろうか。ようやく美林の終点に来た。道はさらに上へと続き、「百間滝」を経て、昨日行った6合目の「中の湯」へ出る。が、それにはまだ2時間以上も歩き続けなければならない。

 さすがにもうその気力はなかった。ここを折り返し点として、いま来た道を引き返しことにした。今度は下り坂とあって、最高の森林浴が楽しめそうである。

 

[情報]三岳村役場
〒397-0101 長野県木曽郡三岳村6311
TEL:0264-46-2500

 

 

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