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その日その時
――舟橋武志の店番日記(その4)

めざすはカリスマ店員!

 

●某月某日

このところ、目を酷使することが多い。視力が衰えてきたと、半ばあきらめていた。それがどうしたことか、ほとんど意識しなくなった。

最近になって気が付いた。右目が遠視になり、左目が近視になっている。こうなると遠近両用メガネをかけているようなもので、以前よりも快適な視力となってきた。距離感もしっかりしており、草野球をしていた子供に交じってテストをしてみたが、キャッチボールもできるし、高く打ち上げられたフライもちゃんと捕れる。

視力の衰えを特に感じ出したのは新聞連載をし出してからだ。自分で言うのもおかしいけど、かなりの資料を読み込んだ。いまはあのころ味わった不快感はない。

高校3年生の一時期、メガネをかけたことがある。が、大学へ入って治った。祖父も父もメガネ派でいつかは自分もと思ってはいるが、この健闘ぶりにはわれながら感心している。

本やパソコンに向かうときは左目が働き、遠くを見るときは右目が頑張っている。これがいいのか悪いのかは自分でも分からない。二つあるように見えても、これでは一つ目小僧か!?

 

●某月某日

ご来店のお客さまが「戦前・戦後の名古屋の町を写したような本はないですか」とおっしゃった。話をお聞きしていると、ある大手雑誌に連載されている漫画家で、「今度は名古屋を舞台にして書きたい」とのこと。写真は背景を描くために必要らしく、あちこちで探しておられるとか。

その雑誌を見たら「○○先生は取材旅行のため、しばらく休載します」との断り書きが出ていた。どんな内容のものになるかは“企業秘密”とかでおっしゃらなかった。冗談まじりに「名古屋をおちょくったり、ばかにしないで下さいよ」と言っておいたが、漫画の世界でも名古屋が注目されているのかと思ったものだ。

休載して取材旅行か……いいなあ。小生など先日「カゼを引いた」と言っただけで「そういうこともあるで、早め早めに原稿を出せと言っとるだろう」としかられてしまった。もちろん、一休みすることは許されそうにないし、したくもない。

昨日、庄内川脇にできた天然温泉の回数券を買った。当分はここでストレス解消といくしかない。湯船に首までつかり、目をつぶって緑の深山や水平線の見える海をしきりに想像している。

 

●某月某日

先ごろ古本屋で見つけた「夷蛮漂流帰国録」はなかなかの掘り出し物だったらしい。古文書を教えていただいている鬼頭先生に解説をお願いしていたが、これだけ詳しく書かれているものはないとのこと。買うのに躊躇したが、奮発しただけの価値はあったようだ。

これは岩国藩の五百石船「稲若丸」が下田沖で暴風雨に遭い、救助されてハワイへ行った漂流記。善松らはハワイでカメハメハ大王に日本人として初めて会い、現地の風俗などもいろいろと紹介している。この写本はていねいに書かれており、古文書の知識が多少あれば読める。

鬼頭さんの解説によると、この漂流があまり研究の対象にされてこなかったのも、定本とも言えるものがなかったことによるとか。一般の人にでも入手できる本として『江戸時代ハワイ漂流記』(高山純著・三一書房刊)がある程度だが、鬼頭さんは「この高山本は誤字・脱字が多く、高山氏は善本と主張されているが、付随文書の村方文書のみに価値があると思われる」と評されている。

もう一つの理由として、漂流民8人のうち、善松を除く全員が死亡し、善松自身も1年後に亡くなったことも大きい。漂流を物語化するだけの時間的余裕がなかったのだろう。ジョン万次郎や音吉、あるいは重吉などのように、広く知られるものとはならなかった。

店先で見つけ「どうかなあ……」と迷いながら買ったが、鬼頭先生にあちこち調べてもらい、意外な掘り出し物であることが分かってきた。今月末までには200部、復刻出版するつもりでいる。これによって研究が進むことを願っている。A4判・60余頁・税込み1800円。

 

●某月某日

仕事柄、紙はよく使うし、大切にしている。校正など相手に見せる必要のないのもはプリントするときに裏までもしっかりと使っている。片面が白い紙は下書き用にしたりメモ用紙にするなど、活用しないでは捨てられない。

先日、回覧板が回ってきた。「手のひらよりも大きい紙はリサイクルできます。捨てずに資源ゴミの日に出しましょう」。使うのには気を遣ってきたが、捨てる方には無頓着だった。

町内で大量の紙を捨てるのはぼくのところが一番だったのだろうか。これまで白い目で見られていたかと思うと、恥ずかしくなってきてしまった。それにしても、手のひら以上は捨てていけないというのか。

早速、大中小の箱を用意し、保管することにした。しかし、中には見られては困るようなものもある。こうなるとやはりシュレッダーも必要になってきそうだ。

名古屋市の分別は徹底しているが、ぼくの町ではそれほどでもない。が、そう考えていたのが甘かった。いまは遅ればせながら捨てる紙も大きさ別にきちっと保存し、資源ゴミの日にしばって出すつもりでいる。

こんなに使い切った紙でも、うまく再生されるのだろうか。一度、出した紙の行方を知りたいものだ。再生する工場までの見学会のようなものはないのだろうか。

 

■その日その時 ――舟橋武志の店番日記(その4)
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