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その日その時
――舟橋武志の店番日記(その2)

めざすはカリスマ店員!

 

●某月某日

「えりゃーめだったねえ。ヘタすると新宿歌舞伎町の二の舞だったがね」

4月25日午後8時半ごろ、1階の階段付近に置いてあったゴミ袋に放火され、入居しているビルが黒煙に包まれた。逃げ遅れた2階の「女子事務員」がはしご車で救助される騒ぎとなった。新聞はそう報じていたし、その映像はテレビからも流れたらしい。

この日は日曜日で当店は休んでおり、助け出されたのは隣の会社の人だった。幸いボヤですんだものの、ススとニオイで後片づけに往生した。お見舞いに来ていただいた方、ありがとうございました。

犯人は500メートルほど東でやり、ここに来て火をつけた後、さらに西へ行って2件のボヤ騒ぎを起こしている。その2日後にも新幹線の西側で2件あった。まったく、何てことを!

保険屋さんに相談したら早速駆け付け、「くさいねえ、ひどいねえ」と言いながらも、「壁が燃えるなど実害がないと。においやスス程度では出せません」。以前、泥棒に入られたときよりも、被害は甚大なんだけど。そんなわけで掃除に明け暮れた、とんでもない3日間となってしまった。

でも、ものは考えよう。水をかぶっていたりしたら、どうなっていたことか。預かっている原稿が燃えたりでもしていたら……と考えると、背筋が寒くなる。

●某月某日

『はじめての野菜づくり』という本を買ってきた。40坪弱の屋敷?の北側に2坪ばかりの死んだスペースがあった。ここを開墾して農場にしようというわけだ。

わがもの顔に茂るヤツデなどを切り払い、土を運び込み(山土で造成した土地だったので、これが大変な作業だった)、なんとか畑らしくなった。いよいよ自給自足を目指して野菜作りの始まりだ。本をペラペラやっていると何でもできるように思えてきて、これまで高い金を出して野菜を買っていたのがばかばかしくなってきた。

問題は家の影になって日が差し込まないことだ。ことによると銀紙のような反射板を付ける必要があるかもしれない。まずは簡単そうなホウレンソウとかダイコン、キウリ、ピーマン、パセリ、トマトなどから挑戦することになった。

幸い、だれも来ない屋敷?の裏なので、実っても盗られる心配はない。農家の人からダイコンを盗られたとかスイカ泥棒にあったとかといった話をよく聞かされてきた。もっともこんなこと、うまくできてから心配すればいいことかもしれないけど。

やる気になってスコップやマンノ、移植ゴテなどからゴム長靴まで、かなりの投資をしてしまった。気が付いてみると、これでは買うより高くなってしまうかもしれない。それだけに何としても、ものにしなくては。 

やり始めると堆肥も作らなければならず、捨てていた生ゴミが宝物のように見えてくる。雑草だって立派な肥料になる。雨降りの後にはい出してきたミミズまでがかわいく思えてくる今日このごろだ。

●某月某日

ひどいめにあった。那古野1丁目の交差点で信号待ちをしていたら、ものすごい勢いで追突された。しばらく気を失っていたらしいが、救急車にドアをこじ開けて助け出さた。

気付くと頭や胸が痛く、右手の上腕部はひどく内出血している。旧国立病院(独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター)へ運ばれ、点滴や検査などを受けた。しばらく休んでいたが、こんなところに寝てはおれない。納品の途中だった。

タクシーで現場に急ぐと、ノーブレーキで突っ込んできたらしく、車は前も後ろもめちゃくちゃ。ということは飛ばされて、横断歩道の前でとまっていた車にもぶつかっていたのか。積んであった商品(印刷物)も三分の一は使いものになりそうにない。

西署へ行って事故の概要がつかめた。追突した運転手が逃げて行方不明で、前の車も大破して運転者は病院へ運ばれたとか。診察代やレッカー車代、それに廃車することを考えると、この責任は一体どうなるんだ。

あのとき、もしもシートベルトをしていなかったら、フロントガラスを突き破って前に飛ばされていたかもしれない。後部に積んでいた多くの印刷物も、前の席まで飛び込んできていた。本当に危ないところだった。

シートベルトのおかげで命拾いした。天はまだ見捨ててはいない。こんなひどいめにあいながらも、体に大したことがなかったのに感謝したい(しかし、事後処理はわずらわしくなりそうだ)。

●某月某日

当店では毎月3回、古文書の勉強会をしている。その一つ、古文書に親しむ会では今月23日(毎月第四土曜日)から新しいテキストに変わる。古文書を読めるようになりたいという方、始めるにはいいチャンス!

テキストは尾張藩士だった小寺玉晁(ぎょくちょう)の『虚無僧雑記』(静嘉堂文庫蔵、未刊)。彼の著作は150点以上にものぼるが、特に見世物、芝居、寄席などに強い関心を示した。が、この『虚無僧雑記』は『金城温古録』で有名な奥村得義(のりよし)の書いたもので、玉晁は注などを加えて増補した程度らしい。

先生は高校教諭の鬼頭勝之さん。単に読むだけでなく、時代背景やエピソードなども交え、面白おかしく講義して下さる。さすがプロだなあと、いつもながら感心している。

古文書は日本語だから、英語などを習うよりはラク。街道散歩などで道標に出会い、読めなくて悔しい思いをした方はいませんか。初心者大歓迎!

●某月某日

出版仲間の一人、羽衣出版の松原さんを訪ねたら、東海道は丸子の宿に連れていってくれた。丁字屋のとろろ汁はやっぱりうまかった。通ぶる人は「他の店の方がうまい」と言うが、ここで食べなければ話にならない。

満腹になったところで、近くの吐月峰柴屋寺(とげつほうさいおくじ)へ。連歌師柴屋軒宗長が草庵を結んだところ。奥様(?)からていねいな説明をしていただき、風流なたたずまいと相まって、拝観料の300円は安いと思った。

ここには交流を持った義元の父、今川氏親の像もある。名古屋では那古野城を築いた氏豊は氏親の子(義元の弟)とされ、そして、確かに氏豊なる人物はいるものの、これでは年齢が若すぎる(氏豊は織田信秀と連歌などのやり取りもしていた)。氏豊を氏親と同じ世代に求めるべきだろうが、物見遊山の身にこれへの回答は与えられなかった。

青春切符はまだ3回使える。1回は京都の古書市へ日帰りで、あとの2回は東京に1泊しての古書あさりを予定。電車で揺られているといくらでも寝られ、長時間の乗車も苦にならない。

●某月某日

初めて挑戦した野菜づくり、どうやら全滅のようだ。ダイコンが芽を出したと喜んでいたら、虫に食われてわずかに茎を残すだけ。苗で植えたナスやキウリ、ピーマンは葉がしわしわになり、だんだん枯れてきだした。

目にはよく見えないが、どこから虫がわいてくるのか。日ごろ、カマキリなどは見たこともないのに、どうしてここへ集まってくるのだろう。とてもじゃないが、収穫は望めそうにない。

消毒はしないつもりできた。しかし、これでは虫にやられっ放しだ。もう勝敗は目に見えている。

何気なく買っている野菜からも、農家の人の苦労のほどが伝わってくる。いい加減な気持ちではとても育てられるものではない。それが分かって、もう一度やり直しだ。

昨日、枯れそうになっていたナスが一花咲かせていた。「よーし、その根性で一つだけは実らせような!」。水をやりながら、盛んに声をかけている。

●某月某日

カヤを買ってきた。蚊の防止にはやはりカヤが一番だ。窓を開けて寝るので、体の左右にアースノーマットを置くのだが、それでも結構やられることが多かった。

カヤの中で寝ていると、幼いころがよみがえってくる。親の庇護下で安気に暮らせたあのころが人生で最も幸福のときだったのかもしれない。雷が鳴るとあわてて逃げ込む純真な少年だった。

カヤの中で寝ていて偶然思った。キトラ古墳の玄武(北)、青龍(東)、朱雀(南)、白虎(西)の絵を張り付けてやろうか、と。もちろん、天上の真ん中は星のきらめく天体図だ。

四神に守られ、星に見つめられて寝れば、こわいものなし。いや、これでは永久に朝が来なくなってしまうかも。やっぱりなま暖かい現実の風が吹き抜けるカヤだけの方がいいか。

カヤの中にいると、なぜか落ち着く。窓を開放して寝られるのもいい。暑い暑いと嘆いていたが、さっと吹き込む一陣の風に、ときには秋の気配も感じられてくる。

 

■その日その時 ――舟橋武志の店番日記(その2)
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