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名古屋弁講座 その20

「こさいらしい」

あまり聞き慣れないが確かに、絶対あった!

 「あのよー、『こさいらしい』という名古屋弁、知っとる?」

 「こさいらしい」は確かにあった。確認のため、みんなに聞いて回った。が、だれ一人としてこの言葉を知らない。

 聞いたのが同年代の人か、ちょっと年下の人たちだったから、いけなかったのかも。それこそ老人会の集まりか何かに顔を出していれば、ひょっとして知っている人もいたかもしれない。それにしても確かに、絶対、確実に、あったはずだ。

 やっと出会った一人から「浜松の方だろ」という返事が。ええっ? そんな方でも使われていたのか。意外に思えたが、次の言葉にがっかりさせられた。

 「こにゃーだ行ってきたばっか。豊田佐吉の生まれさっせたとこだわ。記念館もよかった」

 何のことはない。彼は浜名湖の西にある湖西市と間違えているのだった。

 「湖西らしい」、いや「こさいらしい」は名古屋弁を紹介したどの辞典にも載っていない。手元にある市町村史の方言欄にも当たってみたが、やはり取り上げられていなかった。しかし、確かにあったはずだ。

 「ちびがこさゃーらしい、新聞をひりゃーて持っとるもんで、いかにも読んどるみてゃーだがや」
 「ネコが手で上手に障子をあけるとは、えりゃーこさゃーらしーことをやるだにゃーか」

 「こさいらしい」はこんなふうにして用いられていた。その意味は「生意気な」とか「しゃらくさい」など。柄にもないことを言ったり、したりすると、この言葉がよく出てきたものだ。

 尾張弁を調べている伊藤義文さんにも聞いてみた。彼は「確かにあったなあ」と言い、その著『ザ・尾張弁』に「こさいらしい」を収録された。これで何とか公認されたわけだ。

 「なにぃ、人生がつまらんよーに思えてきたって? おみゃー、ちーとにゃー見んあゃーだに、えりゃーこさゃーらしーこと、言うようになっただにゃーか」

 立場は「こさいらしい」を使う人が上にあり、しかも見下して言っているという図式が成り立つ。それでいながら、両者が険悪になるというものでもない。むしろ、この言葉にはユーモアが秘められていて、言われた方も案外悪い気はしない。

 ついでにいま出た「ちーとにゃー」を解説しておけば、これは「ちいとない」がなまったもの。「ちょっとの間」とか「少しの間」の意味で、伊藤さんの本はこれを取り上げ、「ちょっと」のことを「ちっと」とか「ちいと」と言い、その「ちいと」に「ない」(内)が結合した語、とある。そう言えば「ちーとえらにゃーか」(ちょっと度を越えていませんか)とか「まあちいとまけてちょー」(もう少し値引きしていただけませいか)と言ったりするもんね。

 これで「こさいらしい」は分かったとして、問題はこの言葉がどこから来ているか、だ。これはこの地方だけのごく限られた範囲で使われているとみえて、全国各地の言葉を集めた方言辞典などにも収録されていない。一般的に名古屋弁の源流は関西にあるケースが多いが、大阪弁辞典などにもない。

 しかし、語源は意外と簡単に分かった。「こさいらしい」は「こさい」+「らしい」であり、「こさい」は「小才」であろう。『広辞苑』を引くと「ちょっとした才知。ちょっと気のきいたことのできる知恵」とある。「こさい」は「しょうさい」とも読む。

 なるほど、「小さい才能」と言うのだから、道理で腹も立たないわけだ。「こさいらしい」と言われて育った子供たちはきっと立派なおとなになっているにちがいない。するとオレ、言われとれせんなんだかなあ。

 


 

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