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名古屋弁講座 その18

「らんごく」

モザイク国家だった三河に、まさにぴったり


 仕事で三河の作手村に行ってきた。うれしいことに時間があまってしまい、村内をぶらつくことができた。ぼくはガイドブックも取り上げないような、何でもない田舎を訪ね歩くのが好きだ。

 「らんごくなとこだけど、さあ、こっちへあがっとくりょう」

 取材で訪ねた一軒で、こんなことを言われた。「らんごく」は初めて耳にする言葉だったが、「乱雑」といった意味であることはすぐに飲み込めた。漢字で書けば恐らく「乱国」で、いかにも三河ならではの感じがした。

 「くりょう」とか「くりょ」は「〜して下さい」の意。いまは地図から消えてしまったが、ダムに沈む岐阜県徳山村ではしょっちゅう聞かれた。三河と言うとすぐに「じゃん・だら・りん」を思い浮かべるが、こちらでは遠州に近いこともあって「ずら」(〜でしょう)もよく使われているとか。

 行ってみて初めて知ったのだが、作手村はなかなか興味深い村だ。「三河」地名発祥の地が村内にある白髭神社だそうで、山頂の神社脇には豊川、矢作川、男川の分水嶺を示す三角の石柱が立てられていた。村はまた山家三方衆の一人奥平氏の居城でもあり、それを物語るかのように城跡もあちこちに残されたいた。ある山寺を訪ねたら、トタン葺きの山門に何気なく納まっていた仁王像は、何と運慶の作だとある。

 三河は徳川ばかりか今川や武田、さらには織田氏らに踏み荒らされ、まさに「乱国」状態だったにちがいない。江戸時代に入ってからも尾張などとは違い、小藩がいくつも分立するモザイク国家だった。こういうところは支配権が隅々まで及びにくく「乱国」になりがちで、その間隙をぬってヤクザが発生しやすい土地柄でもある(吉良の仁吉は有名)。

 名古屋で「らんごく」は聞いたことがない。ところが手元の山田秋衛編『名古屋言葉辞典』を見ると「ランコク」として「乱国。乱れた国の有様をいう」と書かれているではないか。そして「今も三河地方一帯にこの言葉が使われている。戦国時代にたびたび戦場となった地方からはじまって、漸次周辺に広がった」と。

 山田さんは明治21年のお生まれで、本には消えてしまった言葉もよく収録されている。幻の言葉となってしまった「らんごく」が当時はまだ尾張でも使われていたのだろうか。

 「らんごく」をいまの名古屋弁で表現しようとすると「らしもない」だろう。この「らしもない」がはびこって、ひょっとしたら「らんごく」は駆逐されてしまったのかも。逆にみれば、それが実感として湧かないほど、平和な大地だったのかもしれない。

 念のためお年寄りの何人かに「らんごく」について尋ねてみた。どうやらみな知らないらしく「言わなんだなあ、そんなことは」という意見だったが、ただ一人「昔は使う人もおらっせたわなも」との答えも返ってきた。やっぱりあるにはあったのか。

 部屋の中を見回すと取り散らかしてゴチャゴチャだ。「そんなにらんごくにしとってかんがや」「らんごくな部屋だが、まあちょっとこっちへ来てちょ」とでもなるか。でもやはり名古屋では「らしもない」になってしまうにちがいない。

 「らんごく」は三河にこそふさわしい。作手村の訪問は思わぬ方言発見の旅となった。

 


 

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