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名古屋弁講座 その17

「ぎゃあつくぎゃあつく」

「まーやかまして聞いとれんわ」の極限状態

 「書類をちょっと間違えてきゃーたら、課長にぎゃーつくぎゃーつく言われちゃってよお、まーいやんなっちゃったがや」

 その人はこんな話をしだした。「ぎゃあつくぎゃあつく」が出ただけで、うんざりするほど文句を言われたことが分かる。今回の失敗だけではない、最近、遅刻が多い、覇気も感じられない、だからこんなミスも出るんだ、とあらぬことまで持ち出されたらしい。

 「がみがみ」言うことを、こちらでは「ぎゃあつくぎゃつく」言う、と言っている。この「ぎゃあつくぎゃあつく」が出たら、とても一言二言の文句ではすまなかったと思われる。聞いていてもうんざりするほど、ぎょうさんのお小言を頂戴したことだろう。

 同じようなことを「ぎゃあぎゃあ」とも言う。「ぎゃあつくぎゃあつく」はこの「ぎゃあぎゃあ」をさらに強調したもの。後者の方が口やかましい感じが一層強く出ている。

 「そーもぎゃあぎゃあ、いやーすな」
 「そーもぎゃあつくぎゃあつく、いやーすな」

 どちらでもやかましい感じは出ていて、意味も通じる。が、やっぱり後者の方が強烈だし、名古屋弁らしい。

 「ぎゃあつくぎゃあつく」はこの「ぎゃあぎゃあ」の「ぎゃあ」に、「うそをつく」とか「たてつく」「毒づく」などの「つく」が付いてできたもの。二回繰り返すところに、一層の臨場感が漂っている。そして、この言葉のおもしろいところは数ある表現の中で「ぎゃあ」に注目した点だ。

 名古屋弁で「ぎゃあ」は一大勢力を誇っている。「そーだぎゃあ」「いかんぎゃあ」などと語尾によく付く。加えて「がい」は「ぎゃあ」と発音されるため、正しい名古屋人は「生きがい」とか「おそがい」と書いてあっても、声にすると「生きぎゃあ」「おそぎゃあ」になってしまう。

 以前『ガイコツが走った!』というマラソンの本を出してもらったが、それを読んだ友人の一人は「舟橋さん、ギャーコツが走った! おもしろかったぎゃあ」と言って誉めてくれた。感謝しながらも内心、どこに「ギャーコツ」と書いてある、と思ったものだ。

 名古屋人はことほどさように「ぎゃあ」とは縁が深い。こんなことは特別に意識していなくても、周囲から「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ」と聞こえてくるので、やっぱり無関心ではいられなかったのだろう。だから、やかましい表現として「ぎゃあつくぎゃあつく」が生まれてしまった?

 「そーもぎゃーつくぎゃーつく、いやーすな。あんまりひっちくどいと、嫌われてまうに」

 見かねた周りの者がこんなことを言ってたしなめたりもする。「くどい」ことを強調して「ひっちくどい」とも言っている。「ひっち」の語源はよく分からないが、「しつこい」が「ひつこい」になまり、さらに変化したのだろうか。
 
 「ぎゃあつくぎゃあつく」言う方は気分がいいかもしれないが、いい加減にしておかないと周りからも嫌われてしまう。一方、言われた本人は第三者にそのくどさをオーバーに語るにはもってこいの言葉でもある。「ぎゃあつくぎゃあつく言われてまった」とぼやかれたら、「そりゃたまらなんだよ、なあ」とでも同情してあげようではないか。

 


 

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