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名古屋弁講座 その3

「パッカン」

 

ところによっては「バクダン」と言ったとも?

 「昔はほんとによかったよ、なあ」
 「カズノコもぎょーさん食えたし」
 「…………?」
 「マッタケだって秋になるとそれなりに口にはいりおったもんなあ」
 「何を言い出すのか。いまはそんな話をしとるわけじゃにゃーぞ」

 友達と子供のころのことを話していたら、後から来た正ちゃんがいきなり、こんなことを言い出した。おみゃーは食うことしか頭の中ににゃーのか。

 「そーいや、パッカーンがあっただろ。パッカーン。いまはどうなってまっとる」

 とうとう正ちゃんの話に引きづり込まれてしまった。それにしても「パッカン」とはなつかしい。子供のころ、これがよく来たものだ。

 ここで言う「パッカン」とは「ポン菓子」のことだ。「ポンはぜ」とも言ったそうだが、あれはどうみても「パッカン」でなくてはならない。あの大きな爆発音には思わず耳をふさいだものである。

 「パッカン」を作ってくれる人が「パッカン屋」。おじさんは自転車の後ろにリヤカーを付け、チリンチリンと鈴を鳴らしながら村々を巡回した。リヤカーの上には米を炒る道具一式が乗せられており、お宮の境内や空き地などで営業開始となった。

 この鈴を貸してもらい、村の中を「パッカーン」「パッカーン」と叫びながら、鳴らして回るのも楽しみだった。格好の宣伝隊だったわけだが、その間におじさんは開業の準備をするわけだ。回った者にはお礼に駄菓子などの駄賃をくれた。

 そんな呼び鈴の音を聞くと、茶碗一杯分の米とわずかばかりの砂糖を持って、みんなが集まってくる。周りにはすでに遊び仲間もおり、わいわい騒ぎながら順番を待った。そして、パッカーン、パッカーンとはぜる音がするたびに大騒ぎしたものである。

 持ち込んだ米は5倍にも10倍にもなって返ってきた。ポップコーンならぬポップライス。おやつの少なかったあのころ、これはわれわれにとってなかなかのものだった。

 パッカン屋さんはいつごろから消えてしまったのか。あれでケッコー商売になっていたのだろうか。そのころはアイスキャンデーを売る人、ナベの穴やコウモリガサの骨を直す人、包丁やハサミを研ぐ人など、様々な行商人が村へやってきたものだ。

 筆者は昭和18年に名古屋市の郊外・岩倉で生まれたが、当時ののどかな光景はもう頭の中にしかない。50戸ほどだった小さな村も、いつしか住宅や工場などができて様変わりしてしまった。ショウヤやカッチン玉で遊んだ、まだ子供だったころがなつかしい。

 「パッカン、いまでも駄菓子屋やスーパーへ行くと売っとるわなあ。どうやって作っとるだろか」
 「買ったことにゃーけど、味はどうだ」
 「パッカンの機械というか道具はまだ作られとるらしいよ。何かの本で読んだことがあるもん」
 「子供のころあったパッカンの構造、どういうふうになっていたっけ。1メートルくらいの筒のような金網があったような気がするけど」

 ひとしきりパッカン談義がにぎやかに続くのであった。

 


 

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