どこへ行く「まっくふれんど」(4)


 コミケは売れる!

 今日は同人誌の即売会「コミックワールド」のある日。「こんなオジサンたちが行っても本当に大丈夫なのか」と思いながらも、ものは試しとばかり正式に申し込んであった。尾曽さんが二口も(といっても長机一個分)予約し、事情を知る人たちから早くも「それは大手のやることですよ」と笑われていた。

 「コミックだよ(何かお間違えじゃありませんか)」

 国際展示場の駐車場へ入ろうとしたとき、門前のガードマン氏からキョーレツな一言。いかに場違いな人物であったかが分かる。が、やらねばならぬ、売らねばならぬ。

 机に5号分を並べる。この日は心配してべこさんも駆け付け、あれこれ飾り付けなどをしてくれた。机の前に張り紙を出すというので、ぼくがマジックで「マック初心者の交流マガジン」と書くと、べこさんは「この書体はどうもねえ」と言い、隣の若い女性に「ちょっと書いていただけませんか」と頼み込んでいた(が、あっさり断られ、自分で漫画文字らしく書き出した。お隣さんは「えらいとこに当たり、雰囲気がよくない」とでも思っていたのではないか)。

 場内は10代の女の子たちでいっぱいだった。話に聞くコスプレ(コスチューム・プレイ)とは、こういうものだったのか。何が何だかさっぱり分からず、かろうじて分かったのはセーラームーンくらいだった(が、よく見たら男の子だった)。

 新撰組の装束をした人が歩いてきた。「あれならぼくにも分かるよ」と言ったら、べこさんは「ええっ?」と驚いていた。どうやら漫画かアニメの主人公らしく、全然分かっていなかった。

 まるで驚天動地の世界だが、しばらくすると慣れてきた。しかし、ぼくたちのところにはあまり人が寄ってこない。場内を視察してきたべこさんが「ここだけが浮いてますよ」と小声でそっともらした。

 「浮いていると言うか、沈んでいるというか。じっとしているのがいたたまれないよ。やっぱりここでは売れんぜ」

 ぼやきながらも待っていると、ふらふらっと来た女性が創刊号を1冊買ってくれた。こちらもだんだん場慣れして「見てってね」「マック使っとる」と声をかけてみる。尾曽さんの殺し文句?はもっぱら「買わなソン」だったが、そりゃちょっと言い過ぎでは(買ってソンすることはあっても、ね)。

 それでもちょこちょこ売れ出したのがうれしい。「これで出店料が出た」「あと3冊売れると今日の弁当代が出るぞ」。最初に買ってもらった女性が「意外に面白そう」と言い、何と2号以降を買いに来てくれた。

 この出店はパティオですでに予告してあった。昼から「マック初心者の会」メンバーでもあるマジカルチョコボさんとチャクラさん、それにエブリマンご夫妻が心配して?見に来てくれた。尾曽さんと2人で行ったり来たりしている変な黄色いみいぐるみを「あのコスプレは何なんだ」と言い合っていたが、それがアニメかゲームか何かの人気キャラクター「マジカルチョコボ」だったとは−−。

 マスクで顔も見えない人が来たので「これは何か」と聞くと「ぼくはイナズマンだ」と言う。そんなこと言われても、こちらにはさっぱり分からない。すると彼はバッグから図鑑を取り出して見せてくれたが、それは本物?そっくりに作られた見事な衣装だった(この人は兄弟で楽しんでいた)。

 「あっ、これ読んだことある。おもしろーい」

 驚いたの何の、コスプレの女性に読者がいた! 池下の三洋堂で2号まで買ってくれたそうで、それ以降の号をまとめてお買い上げ。この劇的な光景をぜひ写真に、とカメラ持参のエブリマン夫妻を探すのだが、場内をうろついているのか無念にも見つけ出せなかった(が、これはれっきとした事実ですぞ)。

 3時に終わって帰ることにしたが、その後、会場ではコスプレーヤーたちのパーティが開かれるとか。それを聞いただけでおじさんはゾクゾクしてきたが、むろん、そんな変なものを想像してはいけませぬ。彼らはこれからコスプレでガンガン楽しく、明るく踊りまくるのだろうか。

 結局この日、28冊が売れた。大の男が3人がかりで……と思うと、随分無駄な努力をしているようにも思えるが、書店で5、6冊売るのに一苦労している現状の中で、この数字の持つ意味は大きい。コミケ(コミック・マーケット→コミケット)は意外に売れる!(かもしれない)。

 聞けば来週もここで開かれるそうだ。すでに出店は締め切られていたが、キャンセルでもあったのか、参加OKとのこと。尾曽さんが早速、申し込んだのは言うまでもない。


 あえなく討ち死に?

 「おい、今日は多いぞ。ぜってゃーに売れる」

 会場の駐車場にずらりと車が並んでいる。入口には長い長い行列ができていた。先週、コミケを体験しているので、われわれ2人にもう戸惑いはなかった(でも、やっぱりガードマン氏に「コミックだよ」と念を押されてしまった)。

 同じ会場のはずなのに中へ入ると、パーテイションで二つに仕切られている。小さい方の会場というのがどうも気になる。それでも何とか飾り付けをし、オープンするのを待ち構えた。

「ええっ、向こうと同じ主催者? どうしてそうなっとるんだ」

「こっちは狭いし、活気がないよ、なあ。みんな向こうへ行く人ばっかりだがや」

 前回の体験で大体のことは分かっていたはずだが、どうも様子がおかしい(おかしいと思っているのはわれわれだけ?)。そのうちに尾曽さんが情報を仕入れてきた。コスプレのあるなしで分けているとかで、売り買いを主体にするのは向こうの会場らしい。

 それじゃあ、あっちへ行かなかんわ。出店料も入場料も高いそうだが、キャンセルもあるとか。ぼくがこっちをやることにして、尾曽さんと応援に来てくれた渡辺さんの2人に急きょ、「まっくふれんど」2号店の出店を要請することにした。

 今回、机は半分だ。隣の大学生風3人組は机の前に背丈ほどもあるボール紙を立て、カードやシールなどを張り出していた。商品もカレンダーやフロッピーなど、売り物をいっぱい持ち込んでいる。おかげでよく目にとまり、そして、よく売れていた。

 それに反して、こちらはさっぱりだった。せっかく流れてくる貴重な人も〃一つ飛び越えて〃行ってしまう。通り過ぎようとする人たちに「パソコンやっとる?」などと声を掛けるのだが、この年齢ではまだまだ使っている人は少ないし、たまにやっていてもほとんどがウインドウズだった。

 そんな狭間の中で、おじさんはひにくれながら思った。ここへ来るなら小手先のグッズなどではなく、もだえ苦しんで作り上げた同人誌でショーブしてほしい、と。人間、安気な方へ流れ始めると、二度ともとには戻れなくなってしまう。

 独りでの店番は時間の経つのが遅い。果たしてあちらは成果をあげているのだろうか。結局、午前中に売れたのは1冊だけという惨憺たる結果になってしまった。

 昼に尾曽さんが様子を見にやってきた。向こうは確かに人は多いけど、10冊ちょっとしか売れていないとのこと(まだいいわ、それだけ売れや。こっちなんかたったの1冊なんだもんな)。これじゃ出店料どころか弁当代も出ないと互いに嘆き合い、場内の売店でパックに入ったやきそばを買ってすますことにした(本当はこれすら食えたものではない)。

 とにかく終了の3時までねばってみることにした。後ろの店はテレカを中心に売っているが、いつも女の子の人だかりができている。彼女らの話を(聞くともなしに)聞いてみるのだが、何のことを話し、何が面白くて笑い合っているのか、こちらにはチンプンカンプンてさっぱり分からない。

 その隣の同人誌は東京の人が作ったものだった。「わざわざ名古屋へ」と聞いたら、「私は売り子やってるだけ」との返事。なるほどそうなのか、その手を使えば全国的なネットワークも夢ではない。 

 結局、昼から3時までの間に売れたのは、コスプレの男の子が買ってくれた1冊だけだった。その人から「(コスプレの)人気コンテストで入賞したい。ぼくへの投票をお願いします」と頼まれ、彼に感謝の意を込めて1票を投じておいた(が、そのかいなく入賞できなかった)。最近はどの世界でもそうだが、女性の方が圧倒的に元気だ。

 歴史を振り返って見ると、男と女の入れ替わりだった。平安時代は紫式部や清少納言に代表されるように女の時代、鎌倉から戦国時代にかけては男の時代。続く江戸時代は男性優位のように思われがちだが、実は女性が威張っていた時代なのだ(熊さんや八っあんも女房には頭があがらなかったし、あの絶縁状「三行半(みくだりはん)」も再婚をするために女性側が必要としていた)。そして明治から戦中までは男で、戦後は「靴下と……」何とかと言われたように女の時代の到来だった。

 最近の強さを見ていると、ひょっとするともう男の時代は永遠に来ないかもしれないと思えてくる。現に、ここコミケの会場でも女の子が圧倒的に多かった。彼女らの書いたものを、男の子が喜んで買っているではないか。

 いやいや、そんなことはどうでもいい。問題は「まっくふれんど」の売れ行きで、たったの2冊では赤字も赤字、大赤字だ。頼りとする2号店は18冊とかで、向こうも思ったほどには売れなかった。

 「こにゃーだはまあまあだったのに、どーして今日はこーも出ん。人も多かったし、2カ所も店を出したのになあ」

 「分からん、さっぱり分からん。先週よりは売れると思ったのに……コミケには魔物が潜んどる」


 まだ夢が消えたわけでは……

 売れないように見えて売れ、売れるように見えて売れない。何ともやっかいなコミケだが、もう少しこれに期待をかけてみたい。書店ルートを失ったいま、頼れるものはもう他になかった。

 前より恵まれた条件だったのに、どうして今回は売れなかったのか。問題点を一つ一つ洗い出してゆけば、ひょっとして売れるようになるかもしれない。

 考えられる原因、その1「売り子がおじさんだったから」。こうはっきり言われてしまってはミもフタもない。確かに前回はまだ若いべこさんが来ていて、これに助けられたことは否定できない事実なのだが。

 考えられる原因、その2「コミケで扱うような同人誌ではない」。書店に持っていけば「同人誌みたい」と冷たく言われ、コミケへ来れば「同人誌ではない」とさげすまれ……どうすりゃいいんだ「まっくふれんど」。

 原因はこの他にもいろいろ考えられようが、内容というか、現在の路線については内心かなりの自信を持っている。パソコン雑誌花盛りだが、一つぐらいみんなで作る、こんな読み物中心の雑誌があってもいい。パソコンを始める若い人−−特に同人誌に関心を持つような意欲ある人にこそ読み、そして誌面に参加してもらいたいたいものだ。

 変なおじさんとケーベツされているようだけど、一つの雑誌を作るということでは、君たちとまったくいっしょなんだ。ぼくたちのころはコミケというこんな素晴らしいシステムはなかったし、百花繚乱のパワーもまたなかった。そういう意味で「このごろの若者はすごい」といつも尊敬のまなざしで見つめている。

 だから何とかして、その輪の中に入れてほしい。数日後、ぼくはいいことを思いつき、「まっくふれんど」のパティオ(ニフティ)に書き込んだ。ひょっとしておじさんが店頭に立ちさえしなければ、この「まっくふれんど」も売れていたかもしれない。

 「(前略)ご当地のコミケで『まっくふれんど』を売ってくれる人はいませんか。出店料や送料など一切をこちらで負担します。売り上げの3割−−と言いたいところですが2割−−を駄賃にして下さい。もちろん、あなたのものをいっしょに売っていただいても結構ですよ」

 本当は尾曽さんとコミケの会場目指して、全国行脚の旅に出ることも夢想していた。あのときは一瞬、ぼくの頭の中に寅さんの姿がダブッテ見えた。が、イナズマンにでもなってすっぽり顔や体を隠してしまえばまだいいかもしれないが、素顔のままでは売れる雑誌も売れなくなってしまうにちがいない。

 パティオに流してから、返事の来るのをどきどきしながら待った。ぼくは全国各地にいる若き愛読者で熱烈なマック真理教徒らが一斉に立ち上がり、「○○市は私に任せて下さい」「××市はぼくがやります」「名古屋も私たちの手で」といった大合唱が沸々とわき上がってくるものとてっきり思い込んでいた。が、いまだにその声は一つとして聞こえてこない(それでもなお、多くの同士がスケジュールを調べ、出店の準備を密かにしつつあるものと確信している)。

 実はこうした活動に備えて2回目に、マーケティング・リサーチも行っていた。ぼくの書いた『名古屋弁重要単語熟語集』をこっそりと机の上に置いておいたのだ。もしもここで売れるようなことがあれば、書籍にだって新たなルートが切り開けるからだ(が、売れたのはたったの1冊だけだった)。

 しかし、あきらめるのはまだ早い。ぼくの『名古屋弁』ではそれも無理はない。近く出す佐藤正明著『とっさ語辞典』はマンガが主体の軽い本で、しかも地域にこだわったものではないので、ひょっとしたら売れるかもしれない。また、本などではなく「まっくふれんど」のキャラクター商品やテレホンカードだって売り物になるかもしれない。

 「尾曽さん、そうなるとグッズの開発や販売をする事業部を作らなかんぞ。雑誌よりもこっちの方がぜってゃーええ。執筆陣に達者な人がいてくれるもので、やろうと思えばすぐできる。そうなるとさゃーが、こりゃせわしなって、えらいこっちゃぞ」

 急に未来が開けてきたというのに、彼はニヤニヤと笑い返しただけだった。それにしても、いまだに援軍が来ない。コミケの若き売り子たちよ、いでよ。



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