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原本の公開で研究の深化を
『影印武功夜話』全21巻完結

門外不出の本、伊勢湾台風で世に出る

戦国史料『武功夜話』全21巻の影印本をようやく完結させることができた。当初、月に1巻で約2年と見込んだが、新型コロナの流行や制作の手間暇、資金繰りなどの諸事情により、結局、3年がかりになってしまった。しかし、いまはなんとか完結させることができ、ほっと一息ついているところだ。

『武功夜話』は昭和34年(1959)9月26日、東海地方を襲った伊勢湾台風で愛知県江南市前野町の旧家吉田(旧姓・前野)家の土蔵が壊れ、その中から偶発的に発見された。同家では「土蔵の中にたくさんの書類がある」と言い伝えられてきたそうだが、このときになって初めて同書の存在を知ることになった。後になって発見のされかた以上に、書かれている内容が衝撃的だと分かってくる。

最初に目を付けたのが江南市文化財保護委員で江南郷土史研究会会長の滝喜義氏だった。このとき伊勢湾台風からすでに十数年が経過していた。滝氏は日ごろの研究成果を毎月出ている会報に発表され、一地域の小さな媒体でありながら、研究者の一部からは強い関心が寄せられた。

発見から18年後、今度はご当家の吉田蒼生雄(たみお)氏が長年の努力のすえ『武功夜話』を全訳・活字化され、関連史料なども含めた全5巻の構成で新人物往来社から出版された。これによって同書の全貌が初めて明らかになり、この種の本としては異例の売れ行きとなった。

同書を真っ先に活用したのは著名な作家たちだった。遠藤周作氏の『男の一生』や『決戦の時』、津本陽氏の『下天は夢か』『夢のまた夢』はそうした中の代表作と言える。数あるNHKの大河ドラマも、戦国時代になると『武功夜話』を参考にしていることが多い。

信長・秀吉の活躍ぶりを活写

『武功夜話』とは一体、どんな本なのか。それに触れる前に、まずはこれを秘蔵してきた吉田(旧前野)家について語らなければならない。

前野家は尾張平氏に属した武門の家で、先祖は北面の武士として上洛している。戦国時代に出る13代前野小次郎宗康は岩倉城(城主・織田信安)の軍(いくさ)奉行を務め、子に孫九郎雄吉、小右衛門長康、小兵衛勝長がいた。江戸時代に入って『武功夜話』を著すことになる孫四郎雄(かつかね・1587−1658)は孫九郎の孫に当たる。

三兄弟のうち、長男の孫九郎は信長とその子信雄(のぶかつ)に仕え、二男の長康は蜂須賀小六とともにいまだ世に出ぬ秀吉を支え、三男の小兵衛は佐々成政の家老職に就いている。彼らは天下人に駆け上る若い信長や秀吉らのそばにおり、同家には様々な情報がもたらされることにもなった。

孫四郎に『武功夜話』を書かせたのは武門で鳴らしてきた前野家も、江戸時代に入ると刀を鍬に代え、百姓(庄屋)にならざるを得なかったからだ。同家には小右衛門の覚え書き『五宗記』をはじめ伝来の本や古文書が多くあり、父祖から聞かされてきた話、さらには戦場で苦楽をともにした生き残りの人たちにも聞きただすなどし、寛永元年(1624)から数年にかけてまとめ上げられた。

いまに残る全21巻の『武功夜話』は3000頁をはるかに超える大冊である。これが活字本として市販されるや、そのボリュームと詳細な記述に関心が集まり、先に挙げた作家らの数々の作品が世に出ることになった。信長や秀吉といえども、若いころの行動はよく分かっておらず、それほど鮮烈な内容だった。

『武功夜話』が話題になればなるほど、逆に疑問や批判も出るようになってきた。その最たるものは偽書と言われ出したことである。いまに残る『武功夜話』は孫四郎の直筆ではなく、後に書き写されたものだ。同家には3巻本、6巻本、8巻本などと十種類近くの『武功夜話』があるが、今回利用した21巻本が唯一の完本である。

同家には単に『武功夜話』という本があるだけではない。膨大な古文書や絵図類、実戦に使われた武器や武具、江戸時代に入ってからの庄屋文書一式なども残り、それらの中には執筆の参考にされたと見られるものも多い。断片的な『武功夜話』の中には下書きと思われるものもある。

『信長公記』首巻の捏造・隠蔽を喝破

信長の事績は太田牛一の書いた『信長公記』が第一級の史料とされてきた。上洛する以前の「首巻」と、上洛して本能寺で没するまでの15年間を15巻にした「本文」とから成る。この期間は『武功夜話』の記述とも重なっており、両書を読み比べられる意味でも『武功夜話』は貴重な史料と言える。

これだけのボリュームがあるだけに『武功夜話』が初めて明らかにしたことは枚挙に暇(いとま)がない。織田氏が尾張へ入国し、応仁の乱に至るまでの事績は地元でもあいまいなことが多いが、同書はこれらについてもいろいろと書き留めている。また、尾張の統一というと信長とされているが、その3代前の清須城主織田敏定がすでに成し遂げていた。

『信長公記』は信長の父信秀の死を「三月三日御年四十二」と書くだけで、肝心の年号を記していない。このため没年には天文18(1549)年、同20年、同21年の三説があり、万松寺で葬儀が営まれた20年、同寺の過去帳に記載された21年が有力視されてきた。先ごろ出た『新修名古屋市史』は迷いながらも「天文二〇、二一(一五五一、二)年ごろ、おそらく天文二一年三月三日に死去」としている。

これに対して『武功夜話』は信秀の死を「天文十八年」と明記し、「喪を秘して只管(ひたすら)隠し置くこと両三年」と書く。万松寺の葬儀は18、19、20と数えた3回忌の追善供養であり、同寺の過去帳は19、20、21と数えて3年間の“秘喪”を忠実に守っていた。この期間は当時16歳だった信長の成長を待つのに必要なものだったのだろう。

これに教えられた地元の郷土史家尾畑太三氏はその著『証義・桶狭間の戦い』で『信長公記』の著者が3年間の“秘喪”を守るため、事実をねじ曲げたり隠すなど、様々な小細工をしているのを“発見”された。ここでもいちいち触れている余裕はないが、少なくとも「首巻」をそのまま素直に受け入れることはできない。

『信長公記』が書かれて四百年以上になるが、そのカラクリを見破ったのは尾畑氏が初めてである。遺跡や遺物が発掘されると大きなニュースになるが、この事実を“発見”されたのはそれらよりはるかに優ると言えよう。これを在野の人がしたのに、頼もしささえ感じる。

『武功夜話』には信長・秀吉によって天下が統一されてゆく過程が克明に記されている。単に東海地方の史料としてだけではなく、全国各地にとっても有益な戦国史料となり得るものだ。今回の出版により、各方面からの多彩な検証が待たれている。

同書が明らかにしていることを挙げ出したら、それこそ切りがない。小右衛門長康は秀吉の股肱の臣として身近にいただけに、秀吉の事績については特に詳しく書き込まれている。彼は朝鮮の役で軍監として指揮を執るが、同地での戦いやその苦悩ぶりなども生々しく書かれていたりする。

貫かれてきた「門外不出」「他見無用」

これだけの本が秘蔵されてきたのには理由がある。小右衛門長康とその子景定が秀次事件に連座して自害していること、『武功夜話』の著者孫四郎の娘千代女らがキリシタンとして処刑されたことが大きい。加えて徳川の世となり、信長や秀吉時代のことを公表するのははばかられた。

『武功夜話』各巻には巻頭に「此之本貸出之儀、平に断るへし」(表現は巻により多少異なる)との書き付けがある。ために「門外不出」「他見無用」とされ、箱に入れて土蔵の奥深くにしまい込まれた。これを活字化された蒼生雄氏は「家の裏にある左右2軒の分家をはじめ、前野村と近在の親類にいたるまで、一切公開されていないはず」と語っておられる。

蒼生雄氏が活字化に取り組まれたのも、当初は6巻までを身内に配ろうと考えてのことだった。しかし、これまでにない内容に出版社側が注目し、話は全巻の翻刻へと発展していった。翻刻の背景には「子孫のために書き残しておいた文書を、自分たちが読まずにいてどうする」との強い意志があった。

原文を見られないまま偽書説が独り歩きし、このごろは『武功夜話』と聞くだけで「偽書でしょ」と言う人もいる。歴史学部に席を置く学生が卒論の対象に選んだのに、教授から「ふさわしくないのでは」と指摘されたという話も聞いた。それというのも原文に当たれず、研究対象にはしがたいからだ。

そもそも偽書とは、ないものをいかにもあるように書いた、偽の書物のことを言うはずだ。『武功夜話』は戦いに参加したり、他人から聞いた話をまとめたものであり、むしろドキュメンタリーと言ってもよいほどである。本格的な研究が進めば『信長公記』に優るとも劣らぬ第一級の戦国史料となり得ると思っている。

今回の『武功夜話』影印本の出版はまさにこうした状況に応えようとしたものである。これによって研究のマナイタだけは提供することができた。とりわけ間違った先入観を持たない、若い人たちの〈これから〉の研究に期待したい。

先にも触れたが、同家には『武功夜話』という本があるだけではない。書くために参考にされたと思われる史料や先祖伝来の文書・遺物などもたくさん残されている。膨大で詳細かつ具体的なことを、一人の手で創作・作文できるとはとても思えない。

信長・秀吉の政権確立への道を、これほど詳しく書き込んだ本もないのではないか。ここには戦国史の暗黒大陸が眠ったままにある。各分野からそれぞれの視点で、研究に取り組まれていくのを切に願っている。

完結し終えて、次の段階へ

影印本出版の一方で、一般にも分かりやすいよう『尾張の戦国時代』と題した本も出版してきた。(1)の副題は「『武功夜話』が解き明かす尾張守護代織田氏の流れ」、(2)は「信秀から信長へ『信長公記』のウソ・マコト」。いま(3)「織田信長の尾張統一 稲生合戦と浮野合戦」(仮題)を書いているところで、信長の岐阜進出までを5冊程度にまとめる予定でいる。

作ったからには活用しなくてはいけない。影印本をテキストに「武功夜話を原文で読む会」を企画したが、新型コロナの影響でいまだに開けずじまいでいる。コロナが治まり次第、開始するつもりだ。

出版した本はパソコンで文字だけを拾い、121%に拡大している。シミや黄ばみ、地の汚れなどもあってそれなりに苦労したが、出来上がったいまはそれらをみんな忘れてしまった。原本以上に読みやすくなっているはずである。

たった一人の超零細出版社に、こうした出版の機会を与えて下さったのを、何よりもありがたく思い、感謝している。四十余年の間に数百点の本を出してきたが、後世まで残るのはこれくらいではないかとさえ思えてくる。無事に完結できて、いまはほっとしている。(2021.7)

 

   

 

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