この本を推す（店主・舟橋武志）

　最初に伊藤さんにお会いしたのはいつごろのことだったか。店番をしているところへ訪ねてこられ、尾張の方言について研究されていることを知った。以来、ちょくちょくご来店いただき、その都度、二人の間で話がはずんだ。

　ぼくなどとは違って、伊藤さんは真面目だ。お年寄りの会話に注意深く耳を傾けられているし、地域が変わるとそれがどうなるかまで追求されている。この本は現場主義とも言うべき伊藤さんの研究姿勢の中から生まれたもので、まさに足で拾い集めた方言集と言ってよい。

　「一つの言葉でも一週間や十日いたからといって、それを拾えるというものではないんですよ。特別の場でしか使われない、例えば葬式のときだけに使われる言葉だってあるんです。そうなると人々の暮らしの中に入り込まなければ、なかなか拾い集められるものではありません」

　伊藤さんの語られる何気ない言葉の中に、ときとしてドキリとさせられるものもある。それは懸命に拾い集めてきた人にして初めて言える言葉だ。

　本当はぼくがいま書いている『名古屋弁重要単語熟語集』の総集編として、ゆくゆくはこのような本を作りたいと思っていた。が、これでその必要性がなくなってしまった。

　本書には長年にわたる伊藤さんの成果がまとめられている。そして、その本をぼくのところから出させてもらうことができ、いま密かに喜んでいる。