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■石造物寄進の生涯・伊藤萬藏
奇人は偉人なり、偉人は奇人なり

 神社仏閣に石造物を寄進することで、信仰の証を示した特異な人がいた。伊藤萬藏がその人である(以下、親しみを込めて萬藏さんと呼ぶ)。

 この人は自分自身の名前である萬藏にちなみ、一万の石造物寄進を発願したと語り伝えられている。並大抵の発想ではない。加えて寄進した控えも残されておらず、いまだに寄進先と総数が知られていない。

 石造物以外に一万の施しをしたと考えられるものがある。掌に乗る陶製の弘法大師像がそれである。覚王山日泰寺の四国八十八ヶ所第一番札所にある納経所で、毎月21日に参詣する人たちへご接待とし、自らこれを手渡したと言われている。

 萬藏さんは天保4年(1833)現在の一宮市平島で生まれ、弘化・嘉永・安政・万延・文久・元治・慶応・明治・大正と生き続け、昭和2年、95歳でその生涯を閉じている。まさに大往生だった。

 愛知県内で現在、皆様方がお参りされる参詣者の多い有名社寺には、萬藏さんの寄進した何らかの石造物が残されているはずだ。また、意外な場所で出会うこともある。

 萬藏さんの寄進した石造物は一説に「北海道を除く、全国にある」とさえ言われている。いまになってもその実態は分かっておらず、それほど多くのものをあちこちで見かけるのである。

 各地の社寺を尋ね歩いていて「(来るのが)20年遅かった」とよく言われた。寄進を受けたのが先々代の時期になり、先代までは語り伝えられていたと考えられるが、それ以降、知る人が途絶えてしまった。いまでは謎の人物と言ってもよい。

 本書は萬藏さんが寄進された石造物を尋ね歩き、見聞したことを記録したものである。あまりにも広範囲であるため、今回は愛知県内に限定した。

 本書の出版によりこうした寄進物が見直され、萬藏さんという希有な人物に思いをはせていただけたら、こんなありがたいことはない。(本書の「はじめに」から)

われわれも奇人か?―田野尻氏と苦笑

 もともと社寺の石造物に関心があった。参詣すると境内にある石造物に目が行き、銘文を確認するのを常としていた。

 伊藤萬藏銘の石造物に繁多に出会い、あるときからメモを取り始めた。その数が100基に達し、一覧にしてみた。

 その表を持って訪ねたのが郷土資料を発信しているブックショップマイタウンの舟橋武志さんだった。そのとき「伊藤萬藏という人を知っとりゃーすか」と尋ねたのがのめり込む端緒になった。もう17年も前のことだ。

 「情報は足で探せ」との舟橋さんの教示で、寄進されている社寺を尋ね歩いた。尋ね歩くほど、次から次へとただならぬ出会いがあり、とめどのない魅力にはまってしまった。

 あるとき、萬藏さんを追跡していた田野尻弘さんに巡り合った。おたがいの情報を交換しながら、「これだけ寄進した萬藏さんも奇特な人だが、これを調べるわれわれも奇人だなあ」と笑い合い、以来、毎月21日に日泰寺の四国八十八ヶ所第一番納経所で会い、資料の突き合せを欠かさず行ってきた。また、種々の情報をいただいた多くの方々にも感謝したい。

 この間、舟橋さんには「名古屋なんでか情報」の紙面を提供していただき、その時々の萬藏さんの話題を連載することができた。今回、とりあえず愛知県内にある萬藏さんの寄進物をまとめることができ、資料提供にご協力いただいた田野尻さんと、出版に際し並々ならぬお骨折りをいただいた舟橋さんに改めてお礼を申し上げたい。(本書の「おわりに」から)

 

 

 

 


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