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■謎の古代豪族「尾張氏」の誕生

いまこそ白鳥塚古墳に注目せよ

 古代史はロマンをかき立ててくれる。それが地元の話なら、なおさらのことだ。この地に君臨した古代尾張氏は一体、いつごろ、どこから興ったのだろうか。

 江戸後期に尾張藩が編集した『尾張志』は「はじめ大和国葛城に住居たる地を高尾張といひ」「その同族の分かれて尾張に下り来て住(すめ)る」としている。これは本居宣長が『古事記伝』で唱えたもので、長いことこうした考え方が有力だった。ところが近年は古墳の研究成果を背景に「尾張氏が大和に進出した」とする説が有力になってきている。

 その尾張氏が“頂点”に達したことを誇示するモニュメントが県下最大の前方後円墳、断夫山古墳(熱田区、全長150メートル)である。近年ではこの古墳の被葬者を尾張連草香(おわりのむらじくさか)とする説が出されている。彼の娘目子媛(めのこひめ)は即位前の継体天皇に嫁して安閑・宣化両天皇を生み、尾張氏は外戚となって勢力を振るうようになるわけだが、そうした発展過程――とりわけ“出発点”を究明しようというのが本書のねらいである。

 著者が注目したのは区画整理の進む守山区上志段味地区にある、4世紀前半と想定される白鳥塚古墳だった(全長109メートル、前方後円墳、県下で3番目の規模)。同古墳の発掘調査の成果を足がかりに、尾張氏らに関する先行的な研究をも踏まえ、新たな視点でこの被葬者を推理してゆく。その過程が古代史に関心を持つ人ならずともなかなか興味深い。

 上志段味は市内最高の霊峰東谷山(著者は弥生時代、山頂で太陽祭祀が行われていたと想定している)を背にしている。庄内川左岸段丘の狭いこの地域は前方後円墳や帆立貝形古墳、また終末期古墳の群集する、全国でも希有な古墳群地帯だ。ここで著者は白鳥塚古墳について、三つのある「事象」に気付いた。

 一つは奈良県にある行燈山(あんどんやま)古墳(宮内庁は崇神天皇陵とする)と相似形であること。二つめには祭壇とみなされる「造出(つくりだし)」のあること。最後が墳丘の段築構造が桜井茶臼山古墳に「酷似」していることだ。これらはいずれも初期ヤマト政権の本貫地とみなされるオオヤマト古墳群(奈良県天理・桜井市)の大王級の古墳にみられる「事象」なのである。

 結論を急げば、著者は白鳥塚古墳の被葬者は行燈山古墳の被葬者(大王)から「勅命」を受けて派遣された「武人(廷臣)」で、この武人こそが後に誕生する尾張氏の“始祖”だと考えた。これは尾張氏の「出自」をめぐる従来の説とも異なる“新説”と言える。

 そして、この武人およびその後継者が在地の有力者である対岸の味美古墳群(春日井市)を中心とした勢力(著者は尾張族を当てる)や尾北地方の勢力(同)との婚姻関係による擬制的同族関係をもって尾張「氏」が誕生したと見る。その尾張氏の本貫地を、他地域には見られない「造出を持つ古墳」の集中する味美古墳群にみなしている。

 尾張氏はやがて尾張国造に任じられて名古屋台地(那古野山古墳などがある)、さらには熱田へと進出し、南部(東海市周辺)の族をも支配下に置いたと見る。そして継体天皇の外戚となって中央に進出し、朝廷からカバネ「連」を賜与され、尾張「連」氏となって朝政に参加していく。白鳥塚古墳はその“出発点”となったもので、本書を読むと同古墳や東谷山が一層神々しくも見えてくる。

A5判・144頁・定価1500円+税(300部刊)

 

 

 


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