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当店から出した市江政之著『石造物寄進の生涯 伊藤萬藏』がなくなった。一度は増刷を考えてみたが、さらに売れるとは思えない。何しろ、こちらは一人でやっている「超」が付く零細出版者だし、今年喜寿を迎えてそれほど先は長くない。 出版した者にとって、作った本が売り切れるとは、めでたい話である。しかし、手元にないとなると、一抹のさびしさが募ってくる。そこで思い付いたのが、かつてぼくが出していたミニコミ「名古屋なんでか情報」に連載していた、萬蔵さんの“特集”記事だった。 初めは自分で分からないなりに書いていたが、後にははるかに詳しい市江さんにお願いした。それ以降の市江さんの取り組み方は尋常ではなく、この“特集”は延々と続くことになった。いい加減な気持ちで出していた「なんでか」にしては思いもよらない長寿番組となった。 冒頭に出した市江さんの本はこうした調査・研究の中から生まれてきたものだ。その内容は愛知県内を中心にしてまとめられており、連載されたもののごく一部分でしかない。連載では話があちこちに広がり、その目も全国にまで向けられていった。 本書に収録した寄進先一覧は市江さんのご努力のほどを端的に物語っている。よくもこれほど探し出せたものだと感心してしまう。その陰には多くの方々のご協力もあったはずだが、それにしてもこんなにもよくまとめられたものだ。 今後は風化や破損、あるいはお堂の建て替えや改修などに伴い、なくなってゆくのも多いかもしれない。現に記録には残っているのに、当の寺社などにないところもある。それだけにこれは貴重なものと言える。 ここにあるのは現時点で確認されたものだけに限られている。中には「松島か仙台で見たことがある」とか「鹿児島の開聞岳の麓にもあった」などという話も耳にした。しかし、実際はいまのところ確認できておらず、これに類した話は取り上げられていない。 そうした意味でもこの一覧はかけがえのない資料となる。今後は消えてゆくものも増えるかと思われるが、これが現にあったことへの証明ともなろう。それとは別に、この一覧に記載されていないものがまだあったなら、今後のためにもぜひお教え願いたいものである。 本書は連載してきた「なんでか」の誌面の中から、萬蔵さん関係の記事をピックアップし、それをもとに再構成した。関係のない記事はカットしており、空白のスペースが生じてくる。そこへは萬蔵さんに関連する文章や写真などを入れるようにしており、より一層中身が濃いものになってきたのではないか。 萬蔵さんについて書かれた本は市江さんのものが初めてだった。それに本書が新たに加わったことになる。今後、これ以上のものが登場するとは考えにくく、本書は萬蔵さん研究の総集編であり決定版とも言えよう。 ミニコミでしかなかった「なんでか」はすでに忘れ去られている。しかし、こうして萬蔵さんの一連の“特集”が本として、独立した形で甦ったのはうれしい。これも市江さんの大変なご努力のおかげと感謝したい。(ブックショップマイタウン 舟橋武志)名古屋奇人伝 |