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■幕末尾張藩の深慮遠謀
名を捨て黒子に徹した尾張藩の面々

 東京で発行されている雑誌の編集者に会ったとき、「あの大変な幕末期に尾張藩は一体、何をしていたのか」とからかわれたことがある。また、尾張を「幕府の葬儀委員長」と表現した作家もいた。日本の一大転換期にもかかわらず、御三家筆頭の尾張藩はなかなか話に出てこない。

 一方、歴史に詳しい人なら、藩主だった徳川慶勝(よしかつ)公の名前くらいは知っている。しかし、その口からは「朝廷側についた裏切り者」とか「兄弟でありながら弟(会津藩主、桑名藩主)を見捨てた」などと言われたりもする。いずれにしても尾張の評判はあまり芳しくない。

 また、新しくできた明治政府に尾張の人が入れなかったのを指摘されたこともある。これもいささかお門違いの批評であり、権力や名声を求めない名古屋人の気質があったからなのではないか。このときとばかり猟官に走る人が多かった中で、新政府が動き出すのを見届けるや、慶勝公はじめ多くの者がいさぎよく身を引いてしまっている。

 幕末を描く小説やドラマ・映画などでも、尾張の人物が登場することはまずない。出てくるのは勝った薩摩・長州などの人たちであり、負けた幕府側の悲劇のヒーロー・ヒロインたちだ。この重要なときに、尾張藩は本当に何もしないでいたのか。

 名古屋で暮らす者の一人として、このような現状はいたたまらない。名古屋人にはここでももっと自信を持ってもらいたいし、一般の人々に当時の尾張がいかに“活躍”していたかを知ってもらいたい。そんな思いで軍事史研究家であり幕末の歴史にも詳しい渡辺博史氏に、読みやすくて分かりやすい形で執筆していただくことになった。

 尾張藩の幕末の“主役”慶勝公と言っても、この人の名を知る人は少ないだろう。そんな中で早くから高く評価されてきたお一人が漫画家の黒鉄(くろがね)ヒロシ氏である。氏は歴史にも造詣が深く、テレビや雑誌などでもしばしば発言されている。

 黒鉄氏は先ごろ出た『写真家大名・徳川慶勝の幕末維新』(NHK出版)の中で「日本にとっての大恩人だったと思います。彼を知ることによって、僕らは幕末をもう一回見直す視座を獲得できる」「僕たちは、いわゆる薩長土肥の志士たちの活躍に目を奪われがちですよね。それは扇にたとえると扇面の絵ですよ。しかし、果たしてそうなのか」(同書)と語っておられる。そして、これを一枚のイラストにされているが、その見方も表現力もすばらしい。

 それによると、扇の要に座った人影が描かれている。絵や文字などの書かれる扇面が派手に動き回る薩長土肥や幕府側の人たちの舞台ということになる。これを何もしない振りをして扇の要からじっと眺めている人物が慶勝公であるというのだ。

 当時、薩長などは幕府を倒すことしか念頭になかった。慶勝公は内戦を避けようと幕府側にも朝廷側にも軸足を置き、先の先までを読んで水面下で両者の周旋に努力された。これが一般には分かりにくく、不当に低い評価となっている。

 とにかく当面の敵である幕府を倒せというのが薩長だった。これでは内戦にもなりかねないし、もしそんなことにでもなれば、中国のように外国勢の餌食にされる危険性すらある。事実、新政府は討幕を果たしたものの人材にも事欠き、五稜郭で最後まで抵抗した榎本武揚を登用せざるを得なかったほどだ。

 薩長のこうしたやり方をハードランディングとするなら、慶勝公の目指したのはソフトランディングだった。この先、いまの幕府では立ち行かないとは見るものの、どうやって平和裏に次へバトンタッチさせてゆくのか。幕府と朝廷の双方に軸足を置き、対立する両者を水面下で融和させることにあった。

 扇面で派手に立ち回る役者は目立ちやすい。これに対して慶勝公の活動は話し合いによる外交交渉に似たものでもある。そこにはドラマチックなものは見られないし、注目しようとする人も少ない。

 しかし、あのような時期に必要だったのはこうした地道な努力だった。慶勝公の行動は鳥羽・伏見の戦いが勃発してご破算になってしまったが、その後もあきらめることなく新体制への移行に協力している。いま世界のあちこちで力にものを言わせて派兵するケースが増えてきているが、本当に必要なのは戦争を回避するための慶勝公のような努力なのではないのか。

 慶勝公は写真好きでもあり、貴重な作品を残されている。尾張藩は黒船が来るというのに、大砲や反射炉などを造っていない。これは情報にうといというのではなく、著者の渡辺氏が本書の中で述べられているように、世界の情勢を知っていたからこそ、西欧と武力で戦うむなしさを早くから承知されていたのだろう。

 このころ、御三家の紀州や水戸は陰が薄く、京都の五摂家にもかつての威勢はなかった。薩長などの外様や岩倉具視らの身分では、これからの日本を動かしてゆくだけの地位も力もない。そんな中で周旋役の慶勝公はただ居るというだけで、大いに存在感を発揮していたのではないか。

 ところで、筆者の渡辺氏は3年前に医師から手術不可能なガンとの宣告を受けられた。一時はひどく落ち込んでおられたが、一転、これまでの研究成果を一冊でも多く形にする決心をされた。その後の執筆ぶりには鬼気迫るものがあり、病魔も逃げていく感すらある。

 以来、ご専門の海軍関係の本『護衛部隊の艦艇』(全4冊)『壮絶 決戦兵力 機動部隊』(全4冊)『艦隊決戦の幻影 主力部隊』(6冊刊行済み)を出され、その間に今回のこれをお願いすることになった。渡辺氏には『尾張藩幕末風雲録』『【追録】尾張藩幕末風雲録』の著書もあるが、本書を架け橋として『概観名古屋の明治』(仮題)の原稿もすでにいただいている。そして、いまなお命と競争するかのように、新たな著作に取り組んでおられる。

 執筆された原稿のチェックなどをされているのが、渡辺氏が「畏友」と言われる永井久隆氏である。お二人は渡辺氏が席を置かれたかつての職場で、上司と部下の関係にあられた。永井氏も歴史に関心が深く、ガンの宣告以後、本作りの面で師弟コンビの復活となった。

 本書の編集に当たっては内容の検証や巻末の参考資料・年表などでも永井氏に大変お世話になった。その労を思うと「監修」として名を挙げておくべきかもしれない(が、遠慮されたので、あえてしない)。執筆に余念のない渡辺氏に代わり「はじめに」を書かせていただくことになったが、ここで改めてお二人のご努力・ご協力にお礼を申し上げておく。(著者に代わって―ブックショップマイタウン店主 舟橋武志 2015.6)

 

 

 

 


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