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■尾張志

 その人は言った、「尾張志に当たってみたか」と。

 尾張の歴史を調べる上で、まず最初にひも解かなければならぬのが、尾張藩によって完成された『尾張志』という地誌である。「志」は「誌」に通じ「書き記したもの」とか「記録したもの」の意。これはどのような過程を経て、出来上がってきたものなのか。

後世へ贈る尾張藩最高の記録集
  藩が地誌の編纂に取り組んだのは三代藩主であった徳川綱誠(つななり)のときだ。彼は二代光友の嫡男で、四代吉通や六代継友、七代宗春の父親に当たる。その綱誠が元禄11年(1698)、寺社奉行の横井時庸(ときもち)に命じて『尾張風土記』の製作に当たらせたが、不幸にも事業半ばで亡くなり中止されてしまった。

 宝暦2年(1752)八代宗勝は学者の松平君山と千村伯斎を責任者に、再び地誌編纂の大事業に挑むことになった。彼らは未刊のままで終わっていた先の資料類をも参考にしながら尾張全域にわたってくまなく調査、苦労の末に全30巻・付図1巻の『張州府志』を完成させている。これが官撰地誌の第一号と言える。

 こうしてできた『張州府志』が内容面で高い評価を得たことはいうまでもない。しかし、その一方では中国風に漢文で格調高く書かれていたため、親しみやすさに欠ける嫌いがあった。九代藩主宗睦(むねちか)は稲葉通邦らに命じて新たに作り直そうと試みるが、これまた藩主の死去により中断のやむなきに至っている。

 そうしたあくなき挑戦が天保14年(1843)に『尾張志』としてようやく日の目を見ることになった。この編纂には当時の書物奉行だった深田正韻(まさつぐ)が総裁となり、著者として岡田啓(ひらく)と中尾義稲(よしね)の二人を起用、さらに校訂に植松茂岳も名を連ねた。彼らはいずれも藩内では名を知られた学者たちであり、60巻に目次1巻を加えて和文で分かりやすいものを完成させている(蓬左文庫所蔵のものには特別に小田切春江による付図14枚も付く)。

 岡田や中尾らは『尾張志』編纂のために領内各地を巡回し、山や川、村落をはじめ神社仏閣、名所旧跡、古戦場、歴史上の人物など、きわめて多岐にわたって調査している。同書完成までには十有余年という長い歳月を費やしており、時の藩主は十一代斉温(なりはる)から十二代斉荘(なりたか)に代わっていた。

 『尾張志』は藩が総力を挙げて作り出した、地誌の最高傑作と言っても過言ではない。後にこれが研究の土台とされ、多くの著者などによって活用されてゆく。郷土史を調べる上で『尾張志』がなくてはならぬ、基本的資料の一つと言われているのも、まさにこのためである。

 今回の復刻に当たっては明治24年から26年にかけ、愛知博文社によって活字化されたものをもとに製作した。同書より10%拡大してあるため読みやすく、また主に郡別で7冊にまとめたのでお求めやすく、活用する上でも何かと便利なものとなっている。

 

 


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