『武功夜話』を忠実・正確に翻刻
初めて研究の“まな板”に
『武功夜話』はまれに見る優れた戦国史料でありながら、その原本(原文)が公開されてこなかった。新人物往来社から21巻本と千代女聞書8巻が活字化さてはいるが、これらは“全訳”であって忠実な翻刻ではない。このような状態では研究の対象となり難く、活字にされた偉業は讃えられるものの、『武功夜話』の持つ不幸もここにあった。
松浦武さんは「武功夜話研究会」を主宰され、同書に関する著作物も何点かある。そうした過程を通じて所蔵される吉田家とは深い絆を結ばれてきた。今回、こうした形で出版できたのも、松浦さんにして初めて許された“仕事”と言える。
同氏の研究によると、活字化された21巻本は1巻から6巻までと、7巻以降とでは書かれた時代が異なっているとのことである。松浦さんは1巻から6巻までを昭和7年以降に成立したものと断定、“全訳”を差し引いたとしても研究対象とするにはあまりにも危ない、とされている。今回、翻刻された本が活字本の7巻以降と同じものにつながってゆくことになる。
とりあえず6巻までの翻刻を目指すのもこのため。松浦さんは本書の「研究」の中で次のように書いておられる。
「(活字化された6巻は)文芸作品としては、なかなか面白いできばえであるが、できごとに対する忠実性よりも、祖先の顕彰の気配がつよく、かつ、昭和期に成立したものだからである。そのため、この活字本をもとに歴史研究をしようとする努力は、まったく危険である」
筆者(舟橋武志)は吉田家に何種類の写本が存在するのか知らないでいるが、松浦さんの話では少なくとも10種類はあるとのこと。その中でも21巻本がもっともよくまとまっており、活字化に際しても利用されたわけである。その6巻までがこれほど新しいとは意外だった。
「6巻本まで」と聞いて『武功夜話』を初めて世に出した滝喜義さん(故人)の話を思い浮かべた。滝さんには随分お世話になってきたが、「7巻から(読むのが)難しくなって往生した」とこぼされたことがある。それにはこんな経緯があったのか。
『武功夜話』は「面白い」とか「よく書けている」などと評価も高く、その一方では「偽書だ」とする声もないわけではない。それというのも原本が公開されておらず“全訳”が独り歩きしてきたからでもある。今回も影印での出版は許されなかったが、それだけにあくまでも原文にこだわり、行数もそのままの形で、しかもできる限り忠実・正確に翻刻された。これによって初めて研究の対象になり得るはずである。
『武功夜話』に注目してきた筆者としてはまだ書きたいことがいっぱいある。しかし、スペースもないので、この程度でやめておく。1巻から6巻までと言えば尾張地方にとってもっとも関係深いところでもあり、ぜひこのシリーズを研究の材料として活用していただきたいものである。
本はB5判・126頁、150部の限定出版で税込み4935円。以降、2(巻3・4)、3(巻5・6)の出版が予定されており、確実に入手したい方はいまから予約しておいて下さい。
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