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■尾張人物図会
稀覯本をはじめて復刻 小寺玉晁の知られざる名著

 小社主宰の「古文書に親しむ会」では小寺玉晁 の『虚無僧雑記』を読み終えたが、今度は新たに彼の著書『尾張人物図会』をテキストにして学ぶことになった。原題は単に「人物図会」とあるだけだが、出版に当たって「尾張」を付け加えた。名古屋市鶴舞中央図書館に所蔵されており、今回が初めての復刻となる。

 江戸時代の後期、各地で歌に詠まれた名所を紹介する「名所図会」がブームとなったが、これはそうしたものの人物版とも言える。ここに登場するのは尾張でよく知られた芸人や物売り、あるいは奇人・変人たちで、彼らがその個性を生かして生き生きと暮らす様子を絵入りで伝えている。玉晁には『見世物雑志』など150種にものぼる著作があると言われているが、本書は当時の役者や芸人、物売り、その他をユーモラスに記録していて、われわれに貴重な資料を提供してくれている。

 ここでは市井の名もなき人たちを紹介しているが、彼らは巷でよく知られた愛される有名人でもあった。ネズミ使いや手品師など大道芸人をはじめ、目の中に入ったゴミを取る「目さらへ婆々」、あの当時に肥満体で知られることになった「ぼて庄」、ドジョウ捕りの名人「泥鰌金」など、その道で得意技を持つ人たちが次々と登場してくる。いまなら公然ワイセツ物陳列罪で検挙されそうだが、求めに応じ着物のすそをまくって自慢の一物も見せたという「御器所善之坊」には思わず笑えてきてしまう。

 「古文書に親しむ会」ではこれをテキストにして勉強し始めた。丁寧な字で書かれていて初心者向けと言えそうだが、そこに書かれている中味には重いものがある。本はB5判・64頁・税込み2100円(50部制作)。

 

ー 江戸時代は温かなまなざしが 「はじめに」から

 小寺玉晁の『見世物雑志』が有名なのに対して、本書の価値はごく一部の人々にしか認められてこなかった。例えば市橋鐸氏の『なごや畸人ばなし』には本書の登場人物が出てくるが、畸人とは「風変わりな人」という氏の解説からもわかるように、面白い話題のネタ本としてしか活用されていない。

 こうした現況を打破する研究が木下光生氏の『近世尾張の部落史』である。氏は尾張の芸能の担い手を奥田村の非人に見いだし、鳥追い・大黒舞い等がそれらの人たちによってなされていたことを明らかにした。しかも中央の歌舞伎役者になった者を出す奥田村の芸能的環境まで明らかにされている。

 また、小沢昭一氏の大道芸・万歳に寄せる愛着から始まった業績も忘れることができない。従来の学者にはまったく欠けている、差別されている芸人に対する温かい眼差しが見えてくるのである。

 その点で高く評価すべきはこの『人物図会』を最初に全面的に紹介された服部良男氏の業績である。氏の紹介のタイトルが「心豊かな貧しき者達の譜」である。その解説は次のようである。

 「心豊かな貧しき者達、それを暖かく記録した玉晁やその仲間達が、時を異にしながらも妙に懐しい。處は同じ名古屋、ただ彼らと生まれる時を異にしたのが無性に淋しい」

 差別された人たちだけでなく、狂った人・障害者を温かく受け入れていた社会。それが左右を問わず進歩史観から見ればアジア的停滞そのものかも知れないけれども、そこにあった幸せを誰が否定できようか。

 この復刻は服部氏の業績を受け継ぎ、氏の発表が『びぞん』81・82合併号という限界と、編集によって部立てがなされていることを考え、忠実な影印によって、江戸、しかも名古屋の人間にとって他者でない、名古屋の江戸を視角的真実に訴えるものである。

 明治政府が明治5年に布告した「違式□(ごんべんに圭)違條例」がある。塩見鮮一郎氏の『乞胸―江戸の辻芸人』よれば、倒幕の官軍が「毛沢東に支持された紅衛兵のように、神職を先頭にした若い志士たちが寺をおそい、堂宇を焼き、仏像を破棄し、仏具を売り払い、寺の土地をうばった」行為の延長線上にあり、仏教文化の布施・喜捨の精神は否定され、本書に登場する非人・乞胸・願人のような存在は否定されてしまったのである。
 そして、小泉氏のようにオペラは高尚だという、恥知らずな似非知識人を生むことになった。「働かざる者、食うべからず」という西欧思想から来たテーゼと、同じ文脈から来た「解放令」は当事者の非人・乞胸にとっては二律背反そのものであり、彼ら「心豊かな貧しき者達」の生活基盤を奪ってしまったのである。

 最後となったが、本書はブックショップマイタウンの主宰する「古文書に親しむ会」のテキストとして制作したものである。この復刻を快く許可していただいた名古屋市鶴舞中央図書館に感謝の意を表したい。

古文書に親しむ会講師  鬼頭勝之

 

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