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■近世葬祭影印史料―『長思録』より

近世の葬儀の実際を知る貴重な史料に

 映画「おくりびと」がアカデミー賞をもらって話題になった。映画にもあるように本来、人間の死は厳粛なものだが、いまは病院と葬儀社に任せてしまう。日常から死が隔離されてしまった分、人の命がうすっぺらになったようでもある。

 筆者(店主)は田舎で育ったが、暮らしの中にまだ死が同居していた。祖父も祖母も貧しいながらも家族に見守られて自宅で息を引き取り、葬儀の日には大勢の村人たちによって“にぎやかに”見送られ、そして葬列を作って村はずれにある焼き場で、これまた村人たちの手によって“心を込めて”荼毘に付された。しかし、父と母はいずれも病院で亡くなっている。

 この本は「古文書に親しむ会」講師としてお世話になっている鬼頭勝之先生の企画でできたものだ。先生は「とかく葬式仏教と非難されがちだが、ここにこそ仏教の出発点があった。それ以前は死んでも巷に打ち捨てられているような悲惨な状態だった」と言われる。映画にも湯灌の場面がしばしば出てくるが、これは「死者を清めることによって怨霊化しないようにする」ためのものであり、また「死者を浄土に送る神聖な儀式」でもあったのだ。

 本は『近世葬祭影印史料』と題したが、その中心は葬儀の仕方について記した「長思録」をそのまま収録している。影印ではあるが丁寧な字で書かれており、多少は難しい漢字があるものの、古文書にそれほどなじみのない人でも十分に読みこなせる。原本にはかなりの傷みがあったが、原本以上に美しく再現できたと思っている。

 「長思録」の著者は福井◆(ごつ)とあるが、一般に言われている福井敬斎、通称・厳助のことである。彼は蟹養斎に師事し、闇斎朱子学を奉じた。篠山藩に招かれて藩校・振徳堂の組織と内容を確立、寛政4年(1792)には父の後を継いで幕府医官になっている。

 同書の内容は葬祭に関する古典を研究し、題名にもあるように「長く思って」自らの考えをまとめたものだ。福井の名と並んで「浪華 門人 河合正秋」とあり、彼が藩校で用いていた草稿を弟子の正秋が校正したらしい。一種の“葬儀マニュアル”のようでもあり、これによってその実際を知ることができる。

 それによると、まず臨終の心得から始まる。「疾病遷居正寝」とし「東枕ニ臥サシムベシ」とある。「書遺言」では「遺言アラバ謹テ白紙ニ書シルスベシ」ともある。その後、死者の扱い、喪主・家族・親戚などの心得、さらには棺桶の作り方や墓地の選択と穴の掘り方、墓の建て方などが細々と書かれている。

 意外に思えたのは寝棺の形だ。いまは頭の方も足の方も同じ幅で作られているが、正式には頭の方が広くて足の方へ行くに従って狭く作れとある。これでは棺桶を作るのにも手間暇がかかりそうだが、どこか体形に合わせたツタンカーメなどのそれに似ていなくもない。

 また、底には七つの穴を開けた「七星板」を置くようにとある。これは死体から出る水分を抜くための穴だが、道教で死を司るとされた北斗七星を意識したものだ。その意義と作り方についても書かれている。

 さらに興味深いのは「神祇旧家葬送古図」と題された葬列である。ホウキを持った「箒持ち」を先頭に小鼓・鉦・大鼓や播を持つ人が続き、棺の後ろには「哭女(なきめ)」、さらには「尸者(ものまさ)」、乗物風の中には数十人の女性も加わる。この中で注目したいのは尸者である。

 鬼頭先生も解説「近世葬祭の実像を探る」の中で書いておられるが、これは死霊の代わりとなって葬儀を受ける呪術的な宗教者とみなされている。そして、その源は中国の書物『魏志』に出てくる「持蓑(じさい)」にあるのではないかという。同書の中の「倭人伝」にも出てくるが、倭国が使者を中国へ送り出すとき、生け贄のように「持蓑」を立て、その旅に成功すれば財産を与え、病気や災難などに遭えば殺したりもした。

 葬儀はわが国の風習に仏教や儒教などを取り入れながら次第に型式化されてきた。本書はそれらを集大成したものとも言えるが、この中にはこうした原始的なものまでも含まれているのかもしれない。近世の葬祭を知る上で貴重な史料である。

 このごろは開発などに伴って江戸時代の墓地が発掘されるケースも多い。本書によって埋葬の仕方を知ることは考古学的な研究と解明の上にも役立つにちがいない。

A5判・224頁、5000円+税(100部制作)。

 

 


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